「あなたは・・」
「覚えてくれていて、嬉しいな。」
洋装姿の青年―数ヶ月前、路上で自分を殴った桜木の息子・潤之助がそう言って口端を歪めて笑った。
「一体わたしに何の用です? まるで賊のような真似事をして・・」
「決まっているでしょう。」
潤之助は靴を脱ぐと、腰を屈めて椰娜(ユナ)を見た。
「あなたを水揚げし、わたしの妻として日本に連れて行く為です。」
「何をおっしゃる。わたくしの水揚げの相手はもう決まっております。どうぞ、お引き取り下さい。」
「そんな事でわたしが引き下がるとでも?」
潤之助の手が椰娜のチョゴリの上を滑ると、唐突にその胸紐を解いた。
「やめてください!」
チョゴリが肌蹴け、椰娜の平らな胸が露わになった。
「男でしたか・・」
潤之助はそう言うと少し落胆したが、嗜虐的な光を瞳に宿し、椰娜の腕を掴んだ。
「姫様に何をする、離せ!」
仁錫(イソク)は主を守る為、懐剣の切っ先を潤之助の喉に向けた。
「動くな! 騒ぎを起こすんじゃない!」
『ですが、若様・・』
桜木家の使用人と思しき男達は、刃を突き付けている仁錫を睨みつけながら、じりじりと後ずさりをしはじめた。
「今日のところはこれで退きましょう。ですが、次はないと思っていてください。」
潤之助はそう言って椰娜達に優雅に礼をすると、使用人達を従えて教坊から出て行った。
「椰娜、どうしたんだい?」
騒ぎを聞きつけたベクニョが、血相を変えて部屋に飛び込んできた。
「ベクニョ様、あの男の息子がさっき来ました。」
「あんたを殴った男のかい?」
椰娜はベクニョに、桜木潤之助に自分が男であることが露見してしまったことを話した。
「そうかい・・厄介な事になりそうだね。あたしはこれからお客様達への根回しに行って来るよ。」
「ご迷惑をおかけして、申し訳ございません。」
「あの男の息子がここに乗り込んでくるってことは、薄々感じていたんだよ。父親と同じで、蛇のように執念深いのさ。さ、もうお休み。」
「はい・・」
疲労が一気に襲って来て、椰娜は布団に包まって寝た。
「仁錫、椰娜の代わりに宴に出ておくれ。」
「解りました。」
ベクニョは眠る椰娜の姿を扉の隙間から覗くと、自分の部屋へと向かった。
仁錫は椰娜を残して仕事をしたくなかったが、己個人の我がままで皆を困らせる訳にはいかず、成煕とともに料亭へと向かった。
「椰娜、大丈夫かしらね?」
「少し落ち込んでいらして・・まだ親友の死から立ち直っておりませんし。」
「そうね。これら忙しくなるから、椰娜の事を気遣ってあげてね。」
「解りました。」
仁錫達が料亭の宴席へと着くと、彼は全身に纏わりつくかのような、執拗な視線を感じて振り向いた。
するとそこには、猛禽を思わせるかのような鋭い目をした男がじっと自分を見ていた。
「どうしたの?」
「いえ、何でもありません。」
仁錫は男に背を向けた時、突然彼が仁錫の腕を掴んだ。
「やっと見つけたぞ。」
生温かい嫌な息を耳元に感じ、仁錫は込み上げてくる激しい吐き気をぐっと堪えて男の手を振り払った。
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