京舞は椰娜(ゆな)が教坊で習った舞とは全然違うものであったが、舞が好きな椰娜にとって、それは大した問題ではなかった。
「いやぁ~、見事な舞だったよ。大したもんだねぇ。」
「おおきに。」
椰娜がそう言って頭を客に下げると、上機嫌な彼はすっかり椰娜が気にいったようで、椰娜が次のお座敷に向かうまで他の舞妓そっちのけで、椰娜にばかり話しかけていた。
「ほな、これで失礼しますぅ。」
次のお座敷がある料亭へと向かう途中、椰娜は偶然春乃と春華に会った。
「春乃さん姉さん、春華さん姉さん、こんばんわぁ。」
いくら苦手な相手でも、上下関係が厳しい花街に於いて、新入りの椰娜はそう言って二人に挨拶をしたのだが、春乃は椰娜に気づくとそれを無視してさっさと通りの向こうへと歩いていってしまった。
「姉さん、待っとくれやす。」
春華が申し訳なさそうに椰娜を見て頭を下げると、春乃の後を慌てて追った。
「姫様、どうなさいましたか?」
軽やかなおこぼの音が聞こえたかと思うと、仁錫(イソク)が椰娜の隣に立っていた。
「さっき春乃さん姉さんに会ったんだけど、無視されちゃった。」
「何か彼女とあったのですか?」
「まぁ、大したことじゃないんだけど・・」
椰娜は、置屋を出る前の事を仁錫に話した。
「そんなことがあったんですか。そういえば、わたしも春乃さんに嫌味を言われましてね。どうやらわたし達のことを目の敵にしているようですね。」
「そうね。ところで仁錫、もうお座敷は終わったの?」
「はい。姫様はこれからどちらに?」
「『柏木』に行くわ。気をつけて帰ってね。」
「はい、それでは。」
料亭『柏木』に着く前の通りで仁錫と別れた椰娜は、その中へと入った。
「こんばんわぁ、ゆなと申しますぅ。」
「入れ。」
「失礼しますぅ。」
椰娜が襖を開き、顔を上げると、そこには自分を怒鳴りつけた吉田と数人の男達がじっと自分を見つめていた。
「そんなところで何をしている、早くこっちに来ないか。」
「へぇ・・」
吉田の顔を見た途端、置屋での出来事が甦りさっと顔が蒼褪めたが、すぐさま椰娜は笑顔を浮かべて彼らの元へと向かった。
「どうぞ。」
吉田に酌をすると、彼は感心したかのようにふっと笑った。
「今度は上手に酌が出来たな。」
「吉田殿、その舞妓とお知り合いなのでありますか?」
吉田の隣に居た青年がそう言ってじっと翠の双眸で椰娜を見つめた。
「まぁな。それよりも皆、今宵は俺の奢りだ、沢山飲め!」
暫く経つと、酒に酔った吉田達はそれぞれ好き勝手に騒ぎ始め、誰も椰娜の事を気に掛けずにいた。
また吉田にしつこく絡まれたらどうしようかと思っていた椰娜だったが、自分の存在を忘れているかのような彼を見て、少しほっとした。
「ではこれで失礼いたしますぅ。」
椰娜がそう言って頭を下げて部屋から出て行き、料亭の玄関へと向かう途中で一組の男女が隣の部屋から出てきた。
「おや、久しぶりだね。」
「まぁ潤之助様、この方とお知り合いなんですの?」
まさかこんな場所で桜木潤之助と出逢うとは―椰娜は顔が強張り、その場から動くことができなかった。
「君は先にホテルに戻ってくれないか?僕はこの人と話があるんだ。」
「そんな・・婚約者のわたくしよりもそちらの方が大事なんですの?」
潤之助の連れの女性がそう言って椰娜を睨みつけた。
険悪な雰囲気の中、誰かが椰娜の腕を掴んだ。
「おいゆな、そこで何をしている?」
「吉田様・・」
椰娜が振り向くと、そこにはすっかり酔いが醒めた吉田が立っていた。
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Last updated
2013.09.03 21:25:54
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