仁錫(イソク)は社交界で、“氷の貴公子”と呼ばれていることに気づいたのは、パーシバルとともにある貴族の舞踏会に出席した時だった。
『君が、噂の氷の貴公子だね?』
『氷の貴公子とは?』
『おや、君は自分がどう呼ばれているのか知らないのかね?』
『申し訳ありません、自分の事に疎いもので。』
『これからは、自分がどう見られているのか気をつけなければね。』
『はい・・』
舞踏会の後、パーシバルに人気のない場所へと連れて行かれた仁錫は、彼に溜息を吐かれた。
『どうしたんですか?』
『イソク様、あなたは無意識に周囲に敵を作っているのではないですか?』
『それは一体・・』
『さきほどの方もおっしゃられた通り、あなたはご自分がどう見られているのかおわかりになられていないようだ。』
パーシバルは仁錫の肩を叩くと、中庭から去っていった。
(一体どういう意味なんだ?)
小首を傾げながら、仁錫は一晩中、パーシバルの言葉の意味を考えていた。
『おはようございます、イソク様。』
『おはよう。』
『これが本日のご予定です。』
パーシバルがそう言って仁錫に渡したのは、予定表が書かれた紙だった。
そこには、分刻みのスケジュールがびっしりと書き込まれていた。
『こんなに?』
『社交嫌いで気難しいバロワ伯爵の御心を射止めたあなたのお姿をご覧になりたい方が沢山いらっしゃるのですよ。これから休む暇はありませんね。』
パーシバルはそう言って、仁錫にニッコリと笑った。
彼の言う通り、この一週間仁錫は休む暇がなかった。
朝から分刻みのスケジュールに追われ、夜は夜で舞踏会や音楽会などで忙しい。
碌に睡眠も取れぬ日々の中、仁錫はついに倒れてしまった。
『過労ですね。』
『これ位でお倒れになるとは情けない。』
『うるさい、黙れ。』
ベッドから起き上がって仁錫はパーシバルを睨み付けた。
『社交界は、大変恐ろしい所ですよ。善人そうに振る舞っているお方がいつ牙を剥かれるか、覚悟した方がよろしいでしょう。』
『牙を剥くとは大袈裟な。吸血鬼でもあるまいし。』
『吸血鬼、ねぇ・・そう言えば、そう呼ばれて居らっしゃる方がおりますよ。』
パーシバルは眼鏡を拭きながら、仁錫を見た。
『ねぇ、次はいつ来てくれるの?』
『そうだなぁ、お前がもっと愛想よくしてくれたらまた来てやるよ。』
『ああ~ん、意地悪ぅ。』
イーストエンドの売春宿で、一人の娼婦にしなだれかかられながらある男がワインを飲んでいた。
『あんた、このワインばっかり飲むのね。』
『好きなんだよ、ルーマニア産のワインが。』
男の名はジャック―通称“社交界の吸血鬼”と呼ばれている。
『ねぇ、最近社交界では“氷の貴公子”が幅を利かせているようよ。』
『“氷の貴公子”、ねぇ・・一度会ってみたいもんだ。その前に、お前ともう一度楽しむことにしよう。』
ジャックは娼婦をベッドに押し倒すと、その豊満な肉体を貪(むさぼ)り始めた。
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最終更新日
2013年09月04日 10時12分53秒
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