“仁錫(イソク)、わたしは出来る限りの事をしてあなたのお父様をお助けしたいと思っております。だから、心配しないでね。”
便箋の上に羽根ペンで仁錫への手紙を書いた椰娜(ユナ)は、それを封筒に入れようとした。
しかしその前に、誰かがドアをノックした。
『どなた?』
『ユナお嬢様、お客様です。』
『お客様ですって?どなたかしら?』
『アルフレド様とおっしゃる方です。』
その名を聞いて、椰娜は無意識に身構えてしまった。
『今行くとお伝えして。』
『はい、わかりました。』
メイドが部屋から出て行くのを確かめた椰娜は、手紙を封筒の中に入れ、蜜蝋を捺(お)した。
『アレクセイ、何処?』
『お呼びでしょうか、ユナお嬢様。』
階下へと降りる途中、椰娜はアレクセイに仁錫への手紙を託した。
『これは友人宛の手紙なの、至急郵便局に行って出してきてくれない?』
『わかりました。それよりもお客様をお待たせしてはいけませんよ、お嬢様。』
『わかっているわ。』
数分後、椰娜が客間に現れると、そこには長身の男がソファに座ってクッキーを頬張っていた。
『お待たせしてしまって申し訳ありません。』
『こちらこそ急に押しかけてきてしまい、申し訳ありません。わたくしはこういう者です。』
男は椰娜の姿を見ると慌ててソファから立ち上がり、椰娜に名刺を渡した。
『金融コンサルタント・・聞き慣れない職業ですね。』
『まぁ、銀行家とは違いますがね。殆どの方はわたしのことを金貸しだと勘違いしていらっしゃるんですよ。』
『そうでしたの。でも名刺を拝見しただけでは、あなたのお仕事がわかりませんわ。わたくしにも解るように説明して下さるかしら?』
椰娜がそう言って自称金融コンサルタント・アルフレドを見ると、彼の顔がパァッと輝いた。
『わたしは企業や個人に儲かりそうな株を勧めているんですよ。』
アルフレドはそう言うとおもむろに鞄の中から一枚の書類を取り出した。
『これは?』
『実はもうすぐ、南米で鉄道事業が始まりましてね。絶対損はさせませんから、投資してはいかがです?』
胡散臭い話だと椰娜は思い、彼に笑顔を浮かべながらこう言った。
『申し訳ございません、わたくしそういったものに興味はありませんの。』
『これは失礼致しました。では、わたしはこれで。』
『お客様をお送りしなさい。』
メイドに連れられて客間から出て行くアルフレドの背中を見ながら、この程度のことで彼が簡単に諦めるわけがないだろうと椰娜はそうにらんでいた。
その予想が的中したのは、数日後のことだった。
父に連れられ、とある貴族の舞踏会に出席した椰娜は、そこでアルフレドと再会した。
彼は貴族達にあの胡散臭い話をしていた。
『あら、奇遇ですわね。』
『これはユナお嬢様、今宵はいつにも増してお美しい。』
『お世辞でも嬉しいわ。』
自分の手の甲にキスをするアルフレドの目的を聞きだすにはいいチャンスだと思った椰娜は、彼をバルコニーへと誘いだした。
『アルフレド様、マッケンジー大尉というお方をご存知?あなたの昔のご友人だと聞いたのだけれど・・』
『あいつはもう友人でも何でもありません。』
アルフレドはそう吐き捨てるような口調で言うと、月を眺めた。
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Last updated
2013.09.04 10:20:12
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