「すいません、遅くなりました・・」
寒さに震えながらアリエルがそう言って邸の中へと入ろうとすると、裏口の扉には鍵がかかっていた。
「誰か、誰か居ませんか!?」
「うるさいねぇ、何だい!?」
邸に明りがつき、その中から眠い目を擦りながらメイド長が出て来た。
「どうして鍵が掛かっているんですか?お願いです、開けてください!」
「あんたはもう、クビだよ。奥様は、あんたみたいな病気持ちの子をここに居させたくないってさ。」
「そんな・・あんまりです!まだお給金も貰っていないのに!ここをクビにされたら、家族に仕送りができません!」
「じゃぁ、自分で何とかするんだね。言っとくけど、あんたみたいな手癖の悪い子、誰も雇いやしないよ!」
メイド長はそう言ってアリエルを嘲笑うと、邸の中へと戻って行った。
(こんなの、あんまりよ!)
悔しさと怒りに震えながら、アリエルは行くあてもないままプラハの街を彷徨った。
まだ雪は止む気配がなく、冷たい風が時折彼女の頬を打った。
やがてそれは吹雪へと姿を変え、アリエルを襲った。
こんな時間だと、教会はもう閉まっている頃だろう。
だがアリエルが教会に行っても、受け入れてくれるかどうかが問題だが。
プラハでもそうだが、何処にもジプシーには居場所がない。
流れ者である自分達は、世間から“犯罪者集団”というレッテルを貼られ、邸の物がなくなると、真っ先にアリエルが疑われた。
何故ジプシーに生まれたというだけで、こんな扱いを受けなければならないのだろうか。
寒さに凍えながら教会の前で震えていると、アリエルの前に一人の男が現れた。
長い銀髪を揺らしながら、温かそうな毛皮のコートを着た男は、アリエルと目が合うと、優しく彼女に微笑んだ。
「可哀想に・・雇い主から追い出されたんだね?」
「他に行くところがないんです・・助けて下さい・・」
「安心しなさい、わたしは味方です。」
男はそう言うと、アリエルに右手を差し出した。
手入れが行き届いた彼の爪は、まるで桜貝のように美しかった。
「わたしと一緒にいらっしゃい。」
「はい・・」
アリエルは男の手を握ると、教会から立ち去った。
「酷い吹雪ですね。これじゃぁ馬車が遅れるのも無理はない。」
「ええ。」
漸く来た馬車に乗り込んだエドガーとステファニーは、ホテルへと向かう道すがら、強風を受けて馬車の窓がガタガタと揺れるのを見た。
「ホテルの部屋に戻ったら、すぐに暖を取りましょう。」
「そうですね・・」
二人を乗せた馬車は、やがて聖ヴィトー大聖堂の前を通りかかった。
その時、彼らは少女を連れたラスプーチンとすれ違ったが、その事には全く気づかずにいた。
「何処へ行くんですか?」
「少なくとも、あなたとあなたの家族にとって辛い場所ではありませんよ。」
ラスプーチンはそう優しくアリエルに言うと、近くに待機させていた馬車に乗った。
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Last updated
2013.09.15 14:42:18
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