「頼道様、土方歳三が参りました。」
「よい、おもてをあげよ。」
頼道にそういわれ、歳三が顔を上げると、彼の隣には一人の少女が座っていた。
年の頃は十五,六といったところか、艶やかな黒髪はまるで鴉の濡れ羽のように美しく、その髪と同じ黒い双眸はじっと歳三を見つめていた。
「頼道様、そちらの方は?」
「こいつは、わたしの三の姫、聡子じゃ。こんな時間にそなたを呼んだのは、聡子について色々と困ったことがあってのう。」
「困ったことにございますと・・?」
「実はな、聡子は近々入内する身でな。だがそれを阻もうとする輩がおるのだ。」
頼道はそう言って扇を開くと、溜息を吐いた。
「都で聡子についての悪い噂が広まってしまってな・・その噂によれば、“聡子は鬼憑きの娘”じゃと。事実無根も甚だしいわ。」
「そのようなことがございましたか・・」
歳三は頼道の話に相槌を打ちながら、これまで一言も発さない聡子を見た。
「聡子様。」
「あ、はい・・」
歳三に話しかけられ、聡子はそう言うと恥ずかしそうに顔を伏せた。
「一体何故あなた様が、“鬼憑きの娘”と呼ばれるようになられたのでございますか?」
「それは、この琵琶の所為でございましょう。」
聡子は壁に立て掛けてあった琵琶を歳三に手渡した。
「少し拝見いたします。」
聡子から琵琶を受け取った歳三だったが、それは何の変哲もない琵琶だった。
「何ら変わらぬ琵琶のように思えますが?」
「そうであろう。じゃが、その琵琶の前の持ち主は、帝に呪詛をした梅壺女御のものらしいのじゃ。」
「梅壺女御様の?」
歳三は頼道の言葉を聞いて眉をひそめた。
梅壺女御といえば、かつて後宮を牛耳ったほどの有能な女性だったが、敵対する藤壺女御の讒言(ざんげん)により、土佐へと流刑となり、そこで憤死したといわれている。
その梅壺女御の琵琶が、何故聡子の元にあるのか。
「ある者が、この琵琶を聡子に渡したらしいのじゃ。」
「ある者、とは?」
「御簾越しで顔は判りませんでしたが、墨染めの衣を纏っておられました。」
墨染めの衣を纏っていたということは、何処かの寺に務める僧侶なのだろうか。
「他に何か思い出せるものは?」
「いえ、何も・・」
「そうですか。ではこの琵琶を暫く預からせていただきます。」
歳三は聡子の琵琶を預かると、邸へと戻った。
「お帰りなさいませ、歳三様。その琵琶はどなたの?」
「頼道様の三の姫、聡子様のものだ。何やら曰くつきのものらしくてな、暫く預かることにした。」
「そうですか。」
千尋は少し肩眉を上げて歳三を見たが何も言わずに部屋へとさがっていった。
(まだ一の言ったこと気にしてやがるのか?)
「歳三様、お帰りなさいませ。」
「一、まだ起きてたのか?」
「ええ。少しお話したいことがございまして。」
「千尋のことなら、もういい。」
「いえ、その話ではなく、その琵琶のことでして・・」
一はそう言うと、歳三が持っている琵琶を指した。
「お前、この琵琶を見たことがあるのか?」
「ええ。何でもある寺の僧侶が、今は亡き梅壺女御様と昵懇の仲であったという噂を小耳に挟んだことがございます。」
(梅壺女御様と昵懇の仲だった僧侶ねぇ・・)
僧侶のほうを洗えば、何か判るかもしれない。
歳三がそう思いながら部屋に入ると、御帳台を背にして千尋が座っていた。
「千尋、どうした?」
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Last updated
2013.09.17 15:37:23
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