「おやあんた、帰ってきたのかい。」
自分に向ける刺々しい口調とは違い、男に向ける“たき”の声音は甘いものであった。
「ああ。思いのほか仕事が片付いたからな。」
男はそう言うと、千尋を見た。
「この別嬪さんは誰だ?」
「ああ、こいつはさっきあたしが買った女だ。」
「ふぅん・・」
「あんた、もしかしてそいつに気があるのかい?浮気なんかしたら許さないよ!」
“たき”は狐のように目を吊り上げると、男の肩を叩いた。
「痛てぇな、そんなこと思ってねぇよ。」
「本当だね?」
彼女は見た目からすれば60歳以上に見えるが、そんな歳でも若い男を前にして好色な視線を送っていた。
「さてと、播磨にでも行こうかね。」
「ではわたくしもお供いたします。」
「ふふ、そうこなくちゃね。折角高い金と引き換えに買ったんだもの、あんたに逃げられちゃ元も子もないからねぇ。」
“たき”はそう言うと、再び千尋に冷たい視線を送った。
こうして千尋は彼女達とともに播磨へと向かったが、その途中大雨に降られて足止めを食らってしまい、不機嫌になった“たき”は、千尋に当り散らした。
「こんな簡単なことも出来ないのかい、この愚図め!」
千尋に雑用を言いつけては、“たき”は何かと難癖をつけ、彼女を殴った。
「まぁたあの女にやられたのかい?」
外で彼女に殴られた頬を千尋が水で冷やしていると、あの男が彼女の肩を叩いた。
「気にしておりませんから。」
「あんた、鬼族の末裔だろう?」
男の言葉に、千尋の顔が強張った。
「ふぅん、やっぱりねぇ。その髪と瞳の色・・何処かで見たかと思ったら、やっぱりそうだったのか。」
男は嬉しそうに笑うと、千尋の顔を覗き込んだ。
「一体何が望みなのです?」
「別に何も。まぁあの婆さん相手じゃ勃たないから、あんたがその代わりを務めてくれればいいんだが・・」
男はそう言うなり、千尋に覆いかぶさった。
「やめて、離して!」
「どうせこんなところで声を上げたって、誰も助けやしないよ!」
千尋は男の顔を爪で引っ掻くと、彼は憤怒の形相を浮かべ、彼女が着ていた絹の片袖を破ろうとした。
彼女は男の股間を膝蹴りし、彼が痛みに呻いている隙にその場から逃げ出した。
「そんなことが・・」
「ええ。捨てる神あれば拾う神あり・・わたしは座長に助けられました。このご恩は一生返してゆくつもりです。」
千尋がそう言ったとき、突然地の底から轟くような雷鳴とともに、激しく地面が揺れ始めた。
「な、なに!?」
「地震か!?」
「見ろ、内裏が燃えているぞ!」
良安と千尋が外に出ると、内裏から炎の手が上がっていた。
「何ということだ・・」
千尋は内裏上空に、何者かの気配を感じた。
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Last updated
2013.09.17 15:55:10
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