「殿、あの女は?」
「離れに監禁しておる。それよりもあの女、以前土方家に仕えておったと聞くが、まことか?」
「はい。何でも、次期当主と目される御曹司と昵懇の仲であったと・・」
「そうか。ならば、その御曹司とやらは今頃女のことを血眼になって探しておろうな。」
千尋を人買いから買い、監禁している男はそう言うと、家人を見た。
「余り人を離れに寄せ付けるな。女の存在を知るのはあいつの世話をする女房達とそなただけだ。」
「御意。」
そう言った家人は主に頭を下げると、離れへと向かった。
「今日も余り食べていないのか?」
「あなたには関係のないことです。」
手つかずの膳を下げながら、家人は御簾越しに千尋を見ながら言うと、彼女は素っ気無い返事をした。
「なぁ、お前が俺達を憎むのはわかる。だが、俺だって好きでこんなことをしているんじゃないんだ。」
「それは存じ上げております。あなたが今、わたくしのことを憐れんでいることも。」
「そんな・・」
「お願いだから、一人にしてくださいませ。」
「わかった・・」
家人が去った後、千尋は鏡で自分の顔を見た。
この邸に監禁されてから半年が経ち、その間に頬の肉はまるで何かに削られたかのように削げ落ちてしまい、あんなに艶やかで光沢を放っていた髪も乱れ、干藁のようになっていた。
(これが、わたくしの顔・・)
すっかり変わってしまった己の顔を見て千尋は酷く落胆し、鏡を布で覆った。
「・・っ」
鏡を元の場所に直そうとしたとき、誤って魔除けの結界に触れてしまい、千尋は血がにじみ出ている指先を見た。
いつまでこんな生活が続くのだろうか。
こんな、底無し沼のような希望のない日々が。
本邸では宴でも催しているのか、時折楽しそうな人の笑い声や楽の音が流れてきている。
半年前まで、こんな宴の時には千尋は他の女房達と土方家の厨でその準備に慌しく追われていた。
あの頃はうんざりしていたが、今となっては懐かしい。
誰とも会わず、会話もせず、ただ蒼玉を生産するだけの空虚な日々よりも、常に隣に誰かが居る生活の方がいいに決まっている。
もしも時を戻せたのなら、あの頃に戻りたいー歳三の傍に。
(歳三様は、もうわたくしのことなど忘れてしまわれていることでしょうね・・)
歳三のことを千尋が想っていると、不意に閉じられていた蔀戸が軋んだ音を立てて開き、人が入ってくる気配がした。
「誰か、居るのか?」
御簾の外に人影が見え、千尋が反射的に背後を振り向くと、それは静かに御簾を上げて中へと入ってきた。
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Last updated
2013.09.17 16:23:47
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