ルドルフがちらりと背後を見ると、そこに10代前半と思しき数人の少年達が、ニヤニヤしながら彼を見ていた。
『聞こえなかったのか?金寄越せって言ってんだよ!』
ルドルフは溜息を吐くと、拳銃を構え、少年が立っているすれすれの場所に発砲した。
『逃げろ!』
『クソッたれが!』
少年達はルドルフに悪態を吐きながら、狭い通りの奥へと消えていった。
拳銃を持って来て良かったなと思いながら、ルドルフは貧民街を後にした。
「ルドルフ様、ご無事でしたか?」
「ああ。ボローヌイはあの家には居ない。」
「では、一体何処に?」
「彼の居場所を探すのが、我々の仕事だ。早く馬車を出せ。」
「はっ!」
ルドルフを乗せた馬車がゆっくりとその地区から離れるのを、物陰から一人の男がじっと見ていた。
その男こそが、ルドルフが探しているハンガリー貴族・ボローヌイ伯爵だった。
ブタペストで優雅な生活を送り、いつも清潔な服に身を包んでいた彼は、今や全身から悪臭を漂わせていた。
彼はラスプーチンとともにある実験の助手を務め、ラスプーチンが製造した薬をローマの病院で販売していたが、その薬を飲んだ患者が急死した所為で、ボローヌイは病院を追われた。
その上、警察は彼を殺人犯として指名手配し、金も逃げ場所も尽きたボローヌイは、路上生活をする羽目になった。
清潔とは程遠い生活を送りながら、ボローヌイはいつかきっとラスプーチンが自分を助けに来てくれると信じて疑わなかった。
だがラスプーチンは、ボローヌイを見限り、彼の殺害を企てていた。
「わたしはまだ終わらん・・そうだ、まだ望みはある。」
ボローヌイはそう呟くと、覚束ない足取りでその場から去っていった。
その日の夜、何とか今夜の寝場所を確保したボローヌイは、全身の痒みに襲われながらも毛布を自分の方へと手繰り寄せると、目を閉じた。
時間がどれほど経っただろうか、彼の寝場所である橋のたもとに誰かがやって来る気配がして、彼が薄らと目を開けると、そこには一人の少年が立っていた。
「坊主、何かわたしに用か?」
ボローヌイはそう言って少年に話しかけると、彼はゆっくりとボローヌイを見て微笑んだ。
なんだ、子どもじゃないか―ボローヌイが少年への警戒心を解いた瞬間、少年は隠し持っていたナイフでボローヌイの首を刺し、そのまま躊躇わずに彼の頸動脈を切り裂いた。
何が起きているのか、ボローヌイにはさっぱりわからなかった。
ただ、地面を赤く染める血が自分のものであるということ、もうすぐ自分は死ぬのだということは何故か解っていた。
「か、神様・・」
ボローヌイは空気を求めて喘ぎながら、暗闇へと手を伸ばした。
翌朝、ルドルフはサンタアンジェロ橋のたもとでボローヌイの遺体を発見したという地元住民の通報を受け、イタリア警察とともに現場へと向かった。
(間違いない、奴だ。)
ルドルフがボローヌイの死体を調べていると、彼の服の胸ポケットに女物のネックレスが入っていることに気づいた。
お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
もっと見る