1945(昭和20)年12月。
敗戦から4ヶ月が過ぎ、千尋は信子とともに病院を手伝い、長男の明歳(あきとし)は家計を助ける為に鉄屑拾いの仕事を始めた。
「母さん、今日の給金で買ってきた米だ。」
「いつもありがとう、明歳。」
千尋はそう言うと、明歳から米が入った袋を受け取り、キッチンへと向かった。
「お母様、今日は僕達の誕生日だよ?」
「あら、すっかり忘れていたわね、ごめんなさい。」
「利尋、こんな時に誕生日を祝える訳がねぇだろう。お前ぇも少しは働け!」
「お兄様・・」
双子である兄・明歳は13歳であるというのに、学校に行かずに毎日朝から晩まで肉体労働をしていた。
「明歳、ちゃんと学校は行っているの?」
「母さん、学校は辞めてきた。」
「まぁ、どうして?」
「俺はこの家の長男だ。父さんが戻って来るまで、土方家を守るのは俺の役目だ。」
「ごめんなさいね、明歳。あなた達の誕生日を祝えなくて・・」
「謝るなよ、母さん。今は苦しいが、いつか父さんが帰ってきたら、また家族四人で楽しく暮らせばいい。」
「そうね・・」
ハンカチで涙を拭う千尋の姿を見て、もう母に甘えるのは止そうと利尋(としひろ)は思った。
「お兄様、今宜しいでしょうか?」
「ああ、いいぜ。どうした、そんな顔して?」
「僕にも、何か出来る仕事があるでしょうか?」
「そんなもん、自分で探さないとわからねぇよ。職業安定所に一度行ってみな。」
「うん・・」
翌日、利尋は職業安定所に行ってみたが、そこは大人ばかりで、子どもの姿はなかった。
「坊や、父ちゃんと待ち合わせでもしてんのかい?」
「いえ・・ここに、仕事を探しに来たんです。」
「坊や、幾つ?」
「13です。」
「言っとくが、ここは大人が仕事を探す場所だ。帰んな。」
職員はそう言うと、利尋を手で追い払うかのような仕草をした。
「どうだった?」
「見つからなかった。門前払いだったよ。」
「だろうな。まぁ、俺らみたいなガキには誰も仕事を紹介してくれねぇよ。まぁ、俺は直接親方に仕事させてくれって頼み込んだから食っていけるんだ。」
「じゃぁ僕はどうすればいいの?」
「んなもん、自分で考えな。そういやお前ぇ、英語が出来んだろ?」
「そうだけど・・それがどうしたっていうの?」
「朱美(あけみ)って女が、進駐軍の幹部と知り合いなんだよ。今度朱美にお前ぇのこと話してやるから、明日ここに来な。」
明歳はそう言うと、利尋に一枚のメモを渡した。
そこには、“アゲハ”という店名と住所が書かれてあった。
「お兄様、ここなんですか?」
「ああ、そうだよ。何だ、怖じ気づいちまったのか?」
「そんなことないよ。でも、こんな所初めてで・・」
翌日、明歳に連れられて“アゲハ”に入った利尋は、そこがダンスホールであることを初めて知った。
「何も心配するなよ。」
「でも・・」
「アキちゃん、来たんだ!」
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