「お父様は、今どちらに?」
「病院に入院していますよ。今は千尋様が付き添っておられます。」
「案内してください。」
信子とともに病院へと向かった利尋(としひろ)は、そこで父・歳三と再会した。
「お母様!」
「静かになさい、お父様が起きてしまいますよ。」
千尋はそう言うと、ベッドで眠っている歳三の頬をそっと撫でた。
「こんなに痩せてしまって・・」
「信子さん、お父様はどうしてこんなに痩せてしまわれたのですか?」
「それはわたしにもわかりません。でも、歳三様はわたしが発見した時全身泥と垢にまみれて、衰弱していました。」
「きっと戦地からわたくし達の元に帰るまで、辛い思いをなさったのでしょうね。」
千尋はハンカチで目元を押さえると、歳三の手を握った。
すると、歳三は低く呻いてゆっくりと目を開けた。
「千尋・・千尋なのか?」
「ええ、そうですよ。お帰りなさい、あなた。」
「ただいま。長い間、お前に辛い思いをさせたな・・」
そう言うと歳三は、千尋の隣に立っている利尋を見た。
「大きくなったな、利尋・・」
「お帰りなさい、お父様。」
「これで、家族四人仲良く暮らせるな。」
「ええ。」
「信子さん、ちょっと宜しいかしら?」
「わかりました。」
千尋は信子と共に歳三の病室から出て、応接室に入った。
「信子さん、主人は、大丈夫なの?」
「ええ。栄養失調で衰弱死寸前だったので、栄養剤を点滴しました。それよりもわたし、気になる事があるのです。」
「気になる事?」
「ええ。歳三様に浴衣を着せた時、彼の背中に無数の刀傷があったのです。それに、内股が酷く鬱血(うっけつ)していて・・恐らく、歳三様は上官から日常的に暴行を受けていたんじゃないかと・・」
「まぁ・・」
「暫くここで入院する事になりますけど、その間わたくしが歳三様を見ていますから、千尋様は何も心配なさらないでくださいね。」
「わかりました。信子さん、主人の事をどうか宜しくお願い致しますね。」
千尋はそう言うと、信子に頭を下げた。
「お父様、いつ僕達と一緒に暮らせるの?」
「それはまだわかんねぇな。今は便所に行くことすら人の手を借りねぇと出来ねぇ状態だから・・せいぜいここに一ヶ月くらい入院する必要があるな。」
「そう・・あのねお父様、僕ジョーンズさんの家で家政夫として働き始めたんだ。今日奥様からこんなにお給料頂いちゃったの!」
利尋はそう言ってハンドバッグから封筒を取り出すと、嬉しそうに歳三にそれを見せた。
「お前ぇ、米兵の家で働いてるのか?」
「そうだよ、どうしたのお父様・・」
「てめぇ、それでも日本男児か!」
歳三はそう叫んで利尋を睨むと、突然平手で彼の頬を打った。
「止めてください、あなた!」
「千尋、何でこいつを敵の家で働かせているんだ?あいつらが俺達にしたことを、もう忘れたっていうのか?」
「わたくしだって、利尋を憎い敵の家で働かせたくありませんよ!でもそうするしか、わたくし達の暮らしが成り立たないんです!あなた、どうか辛抱なさってくださいな!」
「畜生、畜生・・」
歳三は悔し涙を流しながら、シーツを拳で何度も殴った。
「利尋、お父様を憎んではなりませんよ。お父様は・・」
「わかっています、お母様。何も言いませんから。」
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