「どうして信子さんがお亡くなりに?」
「信子さん、亡くなられたご主人の代わりに病院を守る為に休みなく働いていたでしょう?その無理が祟って・・」
「そんな・・葬儀はいつです?」
「葬儀はもう俺達で済ませた。彼女には身内が誰も居なかったから・・」
「そうですか・・」
「病院は、信子さんの遠縁の親戚が運営することになってなぁ。それで今の家にはもう住めなくなっちまったんだ。」
「じゃぁ、これからお父様達はどちらへ住むのですか?」
「丁度いい物件が見つかってね、近々引っ越すことになったのよ。その事もあなたに知らせようと思って神戸に来たのですよ。」
「そうですか・・あのお父様、あの子は?」
「ああ、あいつなら母親と一緒にフィリピンに戻ったよ。」
利尋がさりげなく歳三にフィオナの事を尋ねると、彼はそう言って俯いた。
「お兄様は元気ですか?」
「明歳なら、元気で学校に通ってるよ。利尋、もう俺達は引っ越しの準備があるからもう帰らなきゃならねぇが、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。お父様、お母様、どうぞお気を付けてお帰り下さい。」
「わかったわ。こんなことで挫けてはいけませんよ、利尋。」
「わかりました、お母様。」
裁縫室で利尋が由美に襲撃された事件は瞬く間に校内に広がり、警察に逮捕された由美は学校を自主退学した。
「何か、後味の悪い結末になったなぁ・・」
「でもいいじゃない、土方君が無事だったんだから。」
「ええ。」
「ねぇ土方君、無理をせずに東京に一度帰ったら?大変な目に遭ったんだし。」
「いいえ、東京には帰りません。卒業するまでここで頑張りたいんです。」
「そう。あなたがそう決めたんなら、わたしは何も言わないわ。」
朝食を食べ終えた利尋が登校すると、事件を知っている生徒達が彼に無遠慮な視線を送った。
「あんなん、気にすることないで。」
「そうよ、あなたは何も悪い事はしていないんだし。」
「ええ・・」
二時間目の授業が終わり、利尋が寮の部屋に裁縫箱を取りに行こうとした時、机の上に置いてあった筈の真珠のブローチがなくなっていることに気づいた。
「すいません、僕の部屋に誰か入ったのを見ていませんか?」
「いいえ、見ていないわよ。でも、あなたの部屋の前を通りかかった時、誰かにぶつかったような気がしたわ。」
「そうですか・・」
利尋が裁縫箱を抱えながら教室に戻ると、自分の机の上に失くしたと思っていた真珠のブローチが置かれていた。
「誰がこのブローチを机の上に置いたのですか?」
「さぁ、知らないわ。どうしたの?」
「僕がさっき部屋に戻った時、机の上からブローチが失くなっていたんです。」
「何だか気味が悪いわね。」
利尋はブローチをハンカチで包むと、それを裁縫箱の中にしまった。
「ねぇ土方君、昼の件だけど・・」
「どうしたんですか、石田さん?そんな顔をして?」
「実はね、わたし見たのよ。あなたの部屋に、佐古田先輩の取り巻きだった人が出て来たのを。」
「それは、本当ですか?」
「ええ。もしかして、佐古田先輩が学校を辞めたのはあなたの所為だって思い込んで、真珠のブローチを彼女が盗もうとして失敗したんじゃないかって・・」
「でもブローチは無傷で戻って来ましたよ?」
「そこがおかしいのよねぇ。犯人は一体何がしたいのかわからないわ。」
「僕もです・・」
利尋は、誰が自分の部屋から真珠のブローチを盗んだのかが気になり、その日の夜は一睡も出来なかった。
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