「利尋、入るぞ?」
「お兄様・・」
学校帰りに、明歳は双子の弟・利尋が入院している病院へと向かった。
病室のベッドに寝ている弟の顔は、少しやつれていた。
「飯、ちゃんと食ってるのか?こんなに痩せて・・」
「ちゃんと食べているけど、何だか食欲が湧かなくって・・」
「無理するなよ。今はゆっくりと休んで、学校に戻ればいい。」
「でも・・」
「校長先生は、お前の帰りを待っている。だから、お前はちゃんとここで療養して、元気になれ。」
「わかりました、お兄様。」
「約束だからな、利尋。必ず元気になって神戸の学校に戻るって。」
「はい、約束いたします。」
「じゃぁ、また来るからな!」
「いいか明歳、利尋の病気は一日や二日ですぐに治るもんじゃねぇ。じっくりと時間を掛けて治さなきゃなんねぇ。お前にもそれを理解して欲しいんだ。」
「わかったよ、父さん。」
「お前は今、利尋の事が心配で堪らないだろうが、学業を疎かにするんじゃねぇぞ。」
弟を見舞った後病院を後にした明歳は、週末にボーイの仕事をしているダンスホールへと向かった。
「あら、あんた今日仕事は休みでしょう?どうしたの?」
「弟が神戸から帰って来たんだが、入院してるんだ。さっき、弟の見舞いに行って来たから、ここにも寄ろうと思って来たんだ。」
「入院?何処か悪いの?」
「ちょっとな・・それよりも朱美、ここを近々売るって話を聞いたが、本当か?」
「ええ。居抜きで友人に譲ろうと思っているのよ。ちょっと事情があってね。」
「事情?」
「実はね、田舎に帰ろうと思っているのよ。伯母さんが縁談話を持って来てね・・あたしも、そろそろ身を固めないといけないと思ってね・・」
「そうか、それで店を売る事になったのか。幸せになれよ、朱美。」
「生意気な事言ってんじゃないわよ、アキ。あんたにそう言われなくても、幸せになってやるから、安心なさい!」
実の姉のように自分を可愛がってくれた朱美は、そう言うと利尋の肩を叩いた。
「長い間、世話になったな。」
「それはこっちの台詞よ。あんたには色々と助けて貰ったわ。感謝してもしきれないくらい。」
朱美はそう言うと、利尋に鼈甲の簪を手渡した。
「これくらいしか、あんたに渡せる物はないけど、受け取って。」
「これ、お袋さんの形見だろ?こんな大切な物、俺が受け取ってもいいのか?」
「いいのよ。弟さん、早くよくなるといいわね。あんたとお別れする事になるなんて、ちょっと寂しくなるわ。」
「俺もだよ。それじゃぁ、俺もう帰るわ。余り遅くなると、父さんが色々とうるさいから。」
「わかったわ。じゃぁまた土曜にね。」
ダンスホールから出た明歳は、誰かが自分のことを尾けていることに気づいた。
「隠れてないで、いい加減俺の前に出て来たらどうだ?」
自宅の前で立ち止まり、明歳がそう言って背後を振り向くと、そこには眼鏡をかけ、スーツを着た男が立っていた。
「あんた、誰だい?俺に何か用かい?」
「用があるのでは君ではなく、君の弟さんだ。」
「それは一体どういう意味だ?」
「君では話にならないから、ご両親を呼んで来てくれないか?」
「嫌だね。」
明歳はそう言って男を睨み付けると、彼の鼻先でドアを閉めた。
「誰かお客様がいらしていたの?さっき外で話し声が聞こえていたけれど・・」
「何でもないよ、母さん。」
「そう・・」
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