イラスト素材提供:十五夜様
ライン素材提供:ひまわりの小部屋様
女学校に入学した千尋は、同じクラスで何人か仲の良い友達が出来た。
今まで家の中に閉じこもり、外の世界を全く知らずに育った千尋にとって、女学校は楽しい所だった。
「ただいま帰りました。」
「お帰り。学校はどうだった?」
「楽しかったです。」
「そうか、それは良かった。」
歳三はそう言うと、千尋の言葉を聞いて嬉しそうに目を細めた。
「千尋、もうすぐお前の母さんの月命日だな。」
「そうですね。」
「今週末、一緒に俺と鎌倉に行かないか?」
「はい、喜んで。」
週末、千尋は歳三とともに千尋の母が眠る鎌倉市内にある墓地へと向かった。
「お母様、お久しぶりでございます。」
母の墓前に花を供え、両手を合わせた千尋はそう言うと、ゆっくりと目を閉じた。
歳三はそんな彼女の様子を見ながら、そっと墓の前から離れた。
「おや、今月も来なさったのですね。」
「住職様、お久しぶりです。」
「すっかりご立派になられましたなぁ。」
寺の住職はそう言うと、歳三を見た。
「東京の方はどうですか?」
「相変わらずですよ。最近、母は俺に縁談を勧めてくるんです。お前もそろそろ良い年なのだから身を固めろと・・」
「それは当然だ、君ももう良い年だからなぁ。」
住職は縁側で茶を一口飲んだ後歳三を見てそう言うと、彼は溜息を吐いた。
「俺はまだ、結婚したくないんですよ。千尋の事があるし・・」
「お主はまだ妹離れしておらんのか?困ったものじゃのう。」
「からかわないでください、住職様。俺は・・」
「義兄様、こちらにいらしていたのですね。」
千尋が住職を何かを話している歳三を見つけ、寺の中庭から中に入ると、住職は気を利かして縁側から離れた。
「なぁ千尋、お前ぇこれからどうするつもりだ?」
「何ですか義兄様、いきなりそんな事をお聞になるなんて・・」
「いや、何でもない・・忘れてくれ。」
「そうですか・・何だか義兄様、最近変ですよ?」
その日は鎌倉に一泊せずに東京へ帰る予定だったが、突然大雨に降られ、歳三と千尋は駅の近くにある宿で一泊する事になった。
「どうぞ、こちらです。」
宿の仲居に案内されて入った部屋の中央には、一組の布団の上に二つの枕が置かれてあった。
「まぁ・・」
「てっきり俺達の事を新婚の夫婦だと思ったみてぇだな、宿の者は。」
歳三はそう言って溜息を吐くと、押し入れの中から布団を取り出した。
「俺はこっちで寝る。」
「そうですか・・」
「明日の朝は早く出るから、早く寝ろよ?」
「はい・・お休みなさい、義兄様。」
「お休み。」
夜の帳が下りても、千尋はなかなか寝付けずにいた。
何故なら、自分に背を向けて眠っている歳三の存在が気になってしまうからだった。
そっと布団から出た千尋は、歳三の枕元に立ち、彼の寝顔を見つめた。
自分よりも肌理が細かくて抜けるような白い肌をして、目鼻立ちが整っている義兄の寝顔を見ながら、千尋は彼の唇に口付けたいという衝動に駆られた。
(少しだけなら・・)
恐る恐る千尋が己の唇を歳三の唇に近づけようとした時、歳三が突然低い声で呻いて寝返りを打った。
(わたし、何て馬鹿なことを!)
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