イラスト素材提供:十五夜様
ライン素材提供:ひまわりの小部屋様
「これ、どうぞ・・お口に合うかどうかわかりませんが・・」
「あら、ありがとう。」
千尋からサンドイッチを受け取った美喜子は、それを一口頬張った後、涙を流した。
「あの、お気に召しませんでしたか?」
「いいえ・・とても美味しいわ。」
美喜子はそう言うと、千尋の手を握った。
「ありがとう、わたくしの事を心配してくださって。あなただけよ、わたくしの傍に居てくれるのは。」
「奥様・・」
「遼太が消えた事は、もうご存知よね?」
「ええ。奥様、遼太様はどちらに?」
「わからないの・・せめてわたくしがこの世に居るまで、あの子ともう一度会いたいわ。」
美喜子は首に提げていたロザリオを握り締めると、そう言って溜息を吐いた。
「そのロザリオは?」
「遼太が、わたくしの誕生日に贈ってくれたのよ。いつもわたくしの事を気に掛けてくれる、優しい子だったわ・・」
「そうでしたか・・」
「お願い千尋さん、あの子を・・遼太を捜して・・」
「わかりました、奥様。必ず遼太さんを捜し出します。」
「ありがとう、ありがとう・・」
美喜子は涙を流しながら、千尋にロザリオを渡した。
「これは、あなたに差し上げるわ。」
「奥様・・」
「あなたみたいな可愛いお嬢さんに会えてよかったわ。またいらっしゃいね。」
「ええ・・」
美喜子が亡くなったのは、千尋が土御門家を訪れた数日後のことだった。
「そんな・・一昨日会った時は、元気でいらしていたのに・・」
「奥様はあの日の夜、酷く苦しまれて・・その後、眠るように息を引き取られました。」
美喜子の最期を看取った女中・芽衣(めい)は、そう言うと俯いて唇を震わせた。
「奥様は・・千尋様にお会いできて嬉しかったのでしょう。夕食の時、楽しそうに何度も千尋様の事ばかり話されて・・」
「芽衣さん、奥様はきっとあなたに感謝しているわ。奥様を、最後まで見捨てなかったんだから・・」
「ええ。」
土御門美喜子の葬儀は、都内にあるカトリック教会でしめやかに行われた。
土砂降りの雨の中、美喜子の冥福を祈る弔問客は数えるほどしかいなかった。
(美喜子様、安らかにお眠り下さい・・)
美喜子の棺に土を掛けられるのを見た千尋は、彼女から贈られたロザリオを握り締めた。
一方、母の死を知らず、遼太は毎日雀楼で男娼として働いていた。
元華族出身というだけで、遼太の元には雀楼を昔から贔屓にしている客達がやって来ては、高価な宝石や着物などを遼太に贈った。
「おいら、いつかお遼に売り上げを抜かれちまうかもしれないねぇ。」
「そんな、大袈裟な事を言わないでください。夕霧さんあってこその雀楼なんですから。」
「ふん、おいらにお世辞を言うようになったじゃないか。」
大部屋で夕霧と遼太が楽しそうに話をしていると、そこへ険しい表情を浮かべた明石が入ってきた。
「この泥棒猫、よくもあたいの馴染みを奪ったね!」
明石はそう叫ぶと、遼太の胸倉を掴んで彼の頬を平手で打った。
「何をするんですか!?」
「とぼけるんじゃないよ、あたいの馴染みに色目を使いやがって!」
怒り狂った明石は、遼太を激しく打擲(ちょうちゃく)した。
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