イラスト素材提供:十五夜様
ライン素材提供:ひまわりの小部屋様
頬に冷たいものが当てられた感触がして遼太が目を開けると、そこには心配そうに自分の顔を覗きこむ浮舟の姿があった。
「夕霧さんは?」
「太夫は別のお座敷に行っておりんす。」
浮舟はそう言うと、濡れた手拭いをそっと遼太の頬から離した。
「明石太夫はどちらに?」
「あの人なら、女将さんにここから追い出されんした。」
「そう・・」
浮舟は遼太に向かって頭を下げると、そのまま夕霧の部屋から出て行った。
遼太が暫く布団の中で横になっていると、お座敷から夕霧が戻ってきた。
「お遼、顔を見せておくれ。」
「はい・・」
「よし、これだったら腫れないだろうね。」
「あの、さっき浮舟君が来て・・明石さんは、女将さんからここを追い出されたと聞きましたが・・」
「あぁ、それは本当さ。明石はあんたに暴力を振るう以外に、客と色々揉め事を起こしていてねぇ。今度やったらタタじゃおかないと女将さんにも言われたにもかかわらず、あんたに暴力を振るったもんだから、女将さんの堪忍袋の緒が切れたんだろうよ。」
「そうですか・・」
「そんなに暗い顔をするんじゃないよ。今回の事は、あんたが悪い訳じゃないんだからさ。」
「はい・・」
「まぁ、今夜はここで休みな。色々と疲れただろう?」
「すいません、お言葉に甘えさせていただきます。」
遼太が布団の中で寝返りを打っていると、外から誰かの話し声が聞こえた。
「どうすんだい、あいつ?」
「どうするもこうするも、殺すしかねぇだろう?」
「でもねぇ、殺すにしても周りにバレない自信があるのかい?」
「そんなもん、やってみねぇとわからねぇじゃねぇか。」
誰が話しているのだろうと思いながら、遼太が布団から起き上がって部屋の襖を少し開けて外の様子を見たが、廊下には誰も居なかった。
「どうしたんだい?」
「さっき、廊下で話し声がして・・」
「気の所為じゃないかい?」
「ですが・・」
「まぁ、こういう所には、幽霊が出るっていう噂が絶えないからねぇ。余り気にするんじゃないよ。」
「わかりました。お休みなさい。」
あの話し声は気の所為だったのか―遼太はそう思いながら、再び布団の中に入って寝直した。
「義兄様、おはようございます。」
「千尋、おはよう。」
「あら、奥様は?」
「母さんなら、友達の別荘に招待されて葉山に行ったよ。」
「そうですの・・」
「なぁ千尋、母さんがお前を早く結婚させようとしている事、知っているのか?」
「いいえ・・奥様は、余程わたくしの事が邪魔なのですね・・」
「母さんには、俺がちゃんと言っておいた。だからお前は何も心配するな。」
「わかりました。」
怜子が早く自分を嫁がせたがっているという話を聞いた千尋は一瞬不安に駆られたが、朝食を取った後、そのまま鞄を持って女学校へと向かった。
「千華様、御機嫌よう。」
「千尋様、御機嫌よう。ねぇ、今日福岡から転校生が来るって話、聞いた?」
「福岡から転校生?」
「ええ。何でも、華族のお嬢様なんですって。」
「へぇ、そうなの。」
福岡から転校生が来るという話を聞いた千尋は、教室に担任の教師とともに入ってくる転校生の顔を見た。
「皆さん、今日から皆さんとともに勉強する事になった、水島絵里子さんです。」
「水島絵里子です、宜しくお願い致します。」
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