イラスト素材提供:十五夜様
ライン素材提供:ひまわりの小部屋様
『いすず』の数軒先にある置屋『鈴屋』の麗は、元は男爵家の令嬢として何不自由ない生活を送っていたが、借金苦により彼女の父親が自殺し、借金の返済の為に『鈴屋』に芸者として売られた少女だった。
「本当なんですか、麗さんが自殺したって・・」
「ああ。何でも、春千代が電車に轢かれた麗の遺体を見たんだってさ。」
菊千代はそう言うと、溜息を吐いた。
「春千代、それでショックを受けちまってねぇ・・さっきから部屋に籠ったまま、出て来ないんだよ。」
「そうなんですか・・」
「今夜のお座敷はあたしとあんたでまわるしかないね。」
「わかりました、姐さん。」
千尋は自分の部屋で朝食を食べた後、そのまま普段着の着物に着替えて三味線の稽古へと向かった。
「雛菊ちゃん、おはよう。」
「おはようございます、梅千代姐さん。」
稽古が終わり、千尋が三味線のお師匠さんの家を後にしようとした時、『鈴屋』の梅千代が話しかけて来た。
「麗さんのこと、聞きました・・お悔やみ申し上げます。」
「ありがとう、雛菊ちゃん。何だってあの子は自殺なんかしたんだろうねぇ・・雛菊ちゃん、あの子から何か聞いていないかい?」
「いいえ。あの、わたし次の稽古があるので・・」
「わかったよ。それじゃぁ、またね。」
「はい、さようなら。」
玄関先で梅千代と別れた千尋は、琴の稽古へと向かった。
「お師匠さん、今日も宜しくお願い致します。」
「どうも、こちらこそ宜しくね。」
琴の師匠・千春は、そう言うと千尋に微笑んだ。
「麗さん、どうして自殺なんかしたんでしょう?この前踊りの稽古で会った時、何も悩みがなさそうだったのに・・」
「雛菊ちゃん、あなたこの前、篠田様に誘われてホテルで開かれた夜会に招待されたわよねぇ?」
「ええ。それが何か?」
「麗ちゃんはねぇ、篠田様の事を密かに想っていたのよ。あの夜会に招待されるのは、自分だと思っていたのよ、麗ちゃんは。でも・・」
「麗さんは、わたしが篠田様に招待されて夜会に出席した事を、知ってしまった・・だから、自殺したと?」
「それはないわ。でも、あの子最近家の事で色々と悩んでいたようだし・・父親があんな死に方をして、一家離散して・・その上、お兄さんがたちの悪い連中に捕まって・・」
「そのお話、詳しく聞かせて頂けませんか?」
「実はね・・」
千春が次の言葉を継ごうとした時、玄関の扉がガラガラと大きな音を立てながら開いた。
「先生、いらっしゃいますか~!」
「ごめんなさい、麗ちゃんの話はまた今度ね。今、お客様がいらしたから・・」
「わかりました。」
稽古場で千尋が千春の事を待っていると、千春と見知らぬ女学生が稽古場に入ってきた。
「先生、そちらの方は?」
女学生はそう言うと、好奇と嫌悪が入り混じった目で千尋を見た。
「美紀ちゃん、この子は『いすず』の半玉の、雛菊ちゃんよ。雛菊ちゃん、この子は飯沼伯爵家の、美紀さんよ。」
「初めまして、雛菊と申します。」
「へぇ、あなたも芸者なの・・」
女学生―美紀は、そう呟くと、そのまま千尋の隣に座った。
「今日の稽古はここまで。」
「先生、ありがとうございました。」
「雛菊ちゃん、またうちにいらっしゃい。」
「わかりました。」
「あなた、ちょっと待って。」
千尋が千春に頭を下げて稽古場から出ようとした時、突然美紀が彼女を呼び止めた。
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