イラスト素材提供：十五夜様
ライン素材提供：ひまわりの小部屋様
美紀の口から、麗が篠田の子を妊娠していたという衝撃の事実を知り、千尋は暫く絶句していた。
「あの、わたしそろそろ置屋に戻らないといけないので・・」
「あら、あなたわたくしから逃げるの？」
「え？」
椅子から立ち上がろうと、腰を少し浮かしかけた千尋を見た美紀は、そう言って千尋を挑発した。
「折角わたくしが、あの子の秘密を教えてさしあげるというのに、尻尾を巻いて逃げるのね？」
「わたしは、あなたから逃げようなどとは思っていません。ただ、亡くなった方の悪口を嬉しそうに話すあなたと過ごしても、時間の無駄だと思ったのです。」
「まぁ、生意気な口を利くのね、芸者の癖に！」
「あなたこそ、下品な趣味をお持ちなのですね。」
千尋はそう言うと、美紀の前に置かれてあった伝票を掴んでそのままカフェから出た。
（一体何なのかしら、あの人・・わたしの何が気に喰わないのかしら？）
琴の稽古場で顔を合わせて以来、美紀は何かと千尋に絡んで来る。
はじめは美紀の相手をしていた千尋だったが、次第に彼女と稽古場で会うのが苦痛になり、師匠に無理を言って琴の稽古日が美紀と被らないように変更して貰った。
だが、美紀はそんな千尋の気持ちを知っているようで、わざわざ稽古のない日に稽古場に来ては、流行のドレスの事や他人の噂話などをして延々と千尋の稽古が終わるのを待っているのだった。
目的が判らない美紀の行動は、千尋にしてみればとても気味が悪かった。
「ただいま戻りました。」
「おかえり。あんた、またあのお嬢様と会っていたのかい？」
「ええ・・会っていたというよりは、あの方に呼び出されて近くにあるカフェに行きました。」
「一体あのお嬢様は、何の目的であんたに絡んで来るんだろうねぇ？」
「それがわかれば、苦労しませんよ。それよりも姐さん、麗さんが篠田様の子どもを妊娠していたって、本当だったんですか？」
「・・あんた、何処でそれを知ったんだい？」
「あの方から、聞きました。」
「あたしの部屋においで。」
「・・はい。」
千尋は菊千代とともに彼女の部屋に入ると、菊千代は咥えていた煙管の中に溜まっていた灰を火鉢の中に捨てた。
「まさか、あのお嬢様が麗ちゃんの妊娠を知っているとはねぇ・・どんな情報網を持っているのだか。」
「姐さん、それじゃぁ麗さんの妊娠は・・」
「あの子は、篠田様の子を宿していたのさ。でも、三ヶ月になるかならない内に腹の子は流れちまった。」
「それで、麗さんは失望して自殺を？」
「自殺の原因は、流産だけじゃないと思うよ。あの子の家は、色々と複雑な事情を抱えていたみたいでねぇ・・あの子の上の兄さんが、時々『鈴屋』に来ては、麗ちゃんに金の無心をしていたっていうしねぇ・・」
「そんな・・」
「その兄さんは、大の博打好きでねぇ、麗ちゃんの家が破産したのはお父さんが会社を潰したこともあるけれど、その兄さんがあちこちに借金を作って首が回らなくなっちまったからなんだってさ。」
菊千代は一旦言葉を切ると、淹れたての茶を一口飲んで溜息を吐いた。
彼女の話を聞いた千尋は、家が没落し借金返済のかたに遊廓へと売り飛ばされた遼太のことを想った。
「どうしたんだい、雛菊ちゃん？」
「いえ・・何でもありません。」
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