イラスト素材提供:十五夜様
ライン素材提供:ひまわりの小部屋様
「家まで送るよ。」
「ありがとうございます。」
洋食店を出た総司と千尋は、並んで夜道を歩きながら、互いの事を話し合った。
「沖田様は、何故長崎にいらしたのですか?」
「ちょっと、仕事の話があって来たんだ。でも、明日は長崎を発って甲府に行かないといけないんだ。」
「甲府に?」
「うん。君と知り合えたばかりですぐに別れなきゃいけないというのは寂しいけれど、縁があればきっといつかまた会えるよ。」
「そうですね・・沖田様、送ってくださってありがとうございました。」
「じゃぁ、良い夢を見てね。」
『いすず』の前で総司と別れた千尋は、彼の姿が見えなくなるまで手を振った。
「総司様。」
総司が宿泊先のホテルへと戻ると、ロビーで彼の帰りを待っていた美紀がソファから立ち上がり、彼の方へと駆け寄ってきた。
「何だ、また君か。今度は僕に何の用?」
「総司様、わたくしとの結婚を前向きに考えてくださっているのですか?」
「僕は疲れているんだ。その話はまた後で。」
総司は鬱陶しげに美紀の言葉を遮ると、そのまま彼女の脇を通り過ぎて昇降機に乗り込んだ。
翌朝、旅行鞄を抱えた総司が部屋から出て来ると、部屋の前の廊下には美紀の姿があった。
「君、まだいたの?言っておくけれど、僕は君と結婚する気はないよ。」
「そんな・・」
「君のお父上が、僕の事を応援してくださっているのはわかるけれど、それと僕達との結婚の事は、別だ。僕は私情を仕事に持ち込まれるのが一番嫌いなんだ。」
「失礼致します。」
美紀は総司に背を向けると、そのままホテルから出て行った。
「土方君、おはよう。」
「大鳥さん、年末の忙しい時期に、一体何だって俺を甲府に呼び出したんだ?」
「実はねぇ・・今僕と君が中心となって進めているスケートリンク事業に、ケチをつけてきた人が居るんだよ。」
「どんな奴だ、そいつぁ?」
甲府市内にあるホテルのレストランで、歳三はコーヒーを飲みながら大鳥の話に耳を傾けた。
「飯沼って人でね、軍部とも深い繋がりがある方なんだけど・・その方が言うには、スケートなんて軟弱なものは富国強兵の為にはならないとか何とか言って、しまいにはリンクを封鎖して練兵場を作れって、昨日僕の元に抗議の手紙が届いたんだよ。」
「ったく、困った野郎だなぁ。事業が軌道に乗っているって時期に、必ずそれを邪魔する輩が出て来るだろうと思っていたが・・その飯沼ってやつは、ちと厄介だなぁ。」
歳三がそう言って溜息を吐いた時、レストランに癖のあるシルバー・ブロンドの髪を靡(なび)かせた長身の青年が、黒い外套を翻しながら入ってきた。
「大鳥さん、あいつここらじゃ見ねぇ顔だなぁ。」
「あぁ、彼は今活躍中のスケート選手の、沖田さんだよ。今まで欧州を拠点として活躍していたけれど、甲府にスケートリンクが出来たって聞いて、帰国したみたいだね。」
「ふぅん・・」
歳三は窓際の席に座って外の景色を眺めている総司を見ると、彼はゆっくりとソファから立ち上がって歳三達のテーブルへとやって来た。
「初めまして、沖田総司です。大鳥さんと、土方さんですよね?」
「こちらこそ初めまして、沖田君。君の活躍は色々と聞いているよ。これから宜しくね。」
「こちらこそ、宜しくお願いします。急で悪いんですが、スケートリンクに案内して頂けませんか?」
「喜んで。」
歳三は慌ててカップの中に残ったコーヒーを全て飲み干すと、大鳥と総司の後を追ってレストランから出た。
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