イラスト素材提供:十五夜様
ライン素材提供:ひまわりの小部屋様
「斎藤、こんなにいい店いつ知ったんだ?」
「一年前、丁度その時もあの病院で学会があって、その帰りにみんなで飲みに行こうという話になりまして・・その時、世話になっていた先輩からこのお店を紹介されたんです。」
「へぇ・・」
「うちは見ての通り小料理屋なので、大した料理はお出しできませんが、どうぞ寛いでくださいな。」
女将の時尾はカウンター越しにそう歳三と斎藤に向かって言うと、厨房の奥へと引っ込んだ。
「あの女将さんも、なかなかの美人だな。」
「ええ。時尾さんは、俺と同郷なんです。」
「へぇ・・それは知らなかったなぁ。」
歳三がそう言いながら麦酒を一口飲んでいると、店にお座敷帰りと思しき芸者が二人、入ってきた。
「あらぁ、いいお店じゃないか。」
「菊千代姐さんに気に入っていただけて嬉しいです。」
「いらっしゃいませ~」
厨房からカウンターに戻ってきた時尾は、芸者達におしぼりを手渡した。
「姐さん、何食べます?」
「そうだねぇ、焼きおにぎりが食べたいねぇ。」
「すいません、わたくしも同じ物をお願い致します。」
「かしこまりました。」
「姐さん、わたくし少し外の風に当たって参ります。」
「斎藤、何か適当な物を頼んでおいてくれ。少し外で煙草吸ってくらぁ。」
「わかりました。」
歳三は斎藤にそう言うと、店の外へと出た。
すると、店の前には先程店に入ってきた若い芸者が夜風に当たりながら溜息を吐いていた。
暖簾の前に吊るされている提灯の仄かな灯りに照らされた彼女の横顔を見た時、歳三はその芸者が千尋であることに気づいた。
「千尋・・?」
突然名を呼ばれ、千尋は弾かれたかのように目の前に居る男の顔を見た。
「義兄(にい)様・・」
「千尋、本当にお前なのか?」
歳三はそう言うと、千尋の方へと一歩踏み出した。
「来ないでください。わたくしはもう、義兄様の知っている千尋ではありません。」
「嫌だ、と言ったら?」
「義兄様?」
歳三は千尋を自分の方へと抱き寄せると、彼女の唇を塞いだ。
「義兄様・・」
「千尋、もう二度と俺の傍から離れるな・・」
「雛菊ちゃん、何処だい~?」
自分を呼ぶ菊千代の声に我に返った千尋は、慌てて歳三から離れて店の中へと戻った。
「うわぁ、美味しそうな焼きおにぎりだねぇ。」
「ええ。」
「うちの名物は会津の郷土料理のめっぱ飯なんですけれど、焼きおにぎりも美味しいんですよ。」
「へぇ、そうかい。今度行く時はそれを頼もうかねぇ?」
「ええ・・」
「女将さん、ご馳走様でした。」
「ありがとうございました。」
菊千代とともに千尋が店に出ると、彼女は背後に歳三の視線を感じた。
「土方さん、どうかしましたか?」
「いや、何でもない。女将さん、さっきのめっぱ飯というのを貰えないか?」
「わかりました。」
千尋達が店から出て行った後、歳三は斎藤と朝まで酌み交わした。
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