イラスト素材提供:十五夜様
ライン素材提供:ひまわりの小部屋様
「女のお客さん?」
「僕は暫く出掛けてくるよ。」
「わかりました、お気を付けて。」
客間に入った歳三は、ソファに見知らぬ女性が座っている事に気づいた。
「あの・・わたしに何か用でしょうか?」
「失礼ですが、あなたが土方歳三様ですか?」
「はい、そうですが・・あなた様は?」
「初めまして・・わたくしは、あなたの姉で佐藤信子と申します。」
「わたしの・・姉?あなたが?」
「あなたは生まれてすぐ土方本家へと養子に出されてわたし達のことは憶えておられないでしょうが、わたくし達はあなたの事をずっと捜しておりました。」
女性―歳三の実姉・佐藤信子は、そう言って歳三に優しく微笑んだ。
「漸く、あなたと姉と弟として会う事が出来て嬉しいです。」
「わたしも、あなたに会えて嬉しいです。」
歳三はそう言うと、信子と抱擁を交わした。
「信子さんは、何故天草へいらっしゃったのですか?」
「実は、あなたの事を聞いたうちの親族の者が、一度あなたに会わせて欲しいと言われまして・・」
「そうですか。何か、向こうの家で問題でもあったのですか?」
「ええ・・うちには、わたしが産んだ源之助という跡取り息子が居るのですが、親戚の者達は何故かそれが気に喰わないようでして・・一度養子に出したあなたを家の跡取り息子にするのが筋ではないかと申す者も居りまして・・」
「それは困りましたね。わたしはもう結婚して、子も居ります。土方本家に戸籍がありますし、今更そちらの家に戻れといわれても・・」
「ですから一度、彼らと話し合いの機会を設けたいと思うのですが・・わたくしと、多摩にいらしてくださいませんか?」
「そうしたいのは山々ですが、こちらに赴任してから一週間も経っていないので・・」
「そうですか。無理なお願いをしてしまって、申し訳ありませんでした。」
信子はそう言って歳三に向かって頭を下げると、客間から出て行った。
「港まで、お送り致します。」
「まぁ、有難うございます。ですが、そのお気持ちだけで充分です。」
玄関先で信子を見送った歳三は客用の寝室に入ると、ベッドの上に寝転んで溜息を吐いた。
(今まで実家の事を、深く考えたことはなかったな・・)
「土方先生、どうされたのですか?お箸が進んでおりませんよ?」
「いえ、少し考え事をしてしまって・・」
「どんな考え事ですか?」
「実は・・」
歳三は増谷医師に、東京から実の姉が訪ねて来た事を話した。
「そうですか。今まで一度も、実のご兄弟と会われなかったのですから、実のお姉さんと会えて嬉しかったでしょう?」
「ええ。それに、一度多摩の実家に行こうと思っています。生まれてすぐに養子に出されたとはいえ、実家であることには違いないですから・・」
「そうされた方がいいでしょう。」
増谷医師に背中を押され、翌日歳三は永嶋院長に暫く休暇を取る事を告げた。
「そうか。そういう事情があるのなら仕方がないね。気を付けて東京に行って来るといい。」
「ありがとうございます、院長先生。」
「向こうで身体を壊さないようにしてくれよ。」
「わかりました。」
数日後、歳三は東京へ向かう前に、長崎の千尋の元を訪れた。
「まぁ、義兄様、お久しぶりでございます。」
「千尋、その服はどうした?」
『いすず』の玄関先で歳三を出迎えた千尋は、着物ではなく薄紅色のワンピースを着ていた。
「これは、紗江子様がわたくしの為に作ってくださいました。着物だと帯の締め付けでお腹が苦しいだろうとおっしゃって・・」
「そうか。腹の子は順調か?」
「ええ。最近胎動が激しくて、参ってしまいます。」
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