イラスト素材提供:十五夜様
ライン素材提供:ひまわりの小部屋様
「兄さん、大変だよ!」
「菊千代さん、どうしたんですか?」
「さっき、東京から電報が届いて・・兄さんの家で火事が起きて、奥さんと上のお嬢ちゃんが焼死したって・・」
「それは、本当なのですか!?」
菊千代から電報を受け取った歳三は、甲府の家で火事が起き、紗江子と千穂が焼死した事を知った。
「千尋、済まねぇが俺は東京に戻らないといけねぇ・・」
「わかりました。お気を付けて行ってらっしゃいませ。」
数分後、旅行鞄を提げた歳三は、東京行きの船に乗った。
「歳三、帰って来たな。」
「義父さん、凛子は?」
「あの子は、紗江子さんの実家に居る。甲府の家で火事が起きた時、凛子は学校に行っていって無事だったが・・千穂ちゃんが熱を出して、紗江子さんは千穂ちゃんの面倒を見る為に家に居て・・」
「そうですか・・義父さん、凛子に会ってきます。」
紗江子の実家へと向かった歳三は、紗江子の両親から衝撃的な事実を知った。
「凛子が一言も話せない?それは一体どういうことですか?」
「あの子は火事のショックで、口が利けなくなってしまったんだ。」
「凛子は、俺が引き取ります。」
「それは駄目だ。凛子は、わたし達にとって大切な孫だ。君は長崎の千尋さんの元に帰りたまえ。」
「そんな・・」
「紗江子から、千尋さんがまた君の子を産んだ事を知ったよ。紗江子は千尋さんの事を許してはいたが、君と離縁したがっていた・・」
「それは、本当なのですか?」
「ああ。歳三君、凛子はわたし達が責任を持って育てる。だから、もうこの家には来ないでくれ。」
舅の残酷な言葉を受け、歳三は暫くその場に呆然と立ちつくしていた。
母と姉を火事で失った凛子は、精神的なショックを受けて言葉を話せなくなってしまった。
「凛子ちゃん、夕食が出来ましたよ。」
ドアの外から祖母の声が聞こえ、凛子は一枚のメモをドアの下に滑らせた。
“食べたくない”
「凛子の様子はどうだ?」
「あの子、夕食はいただかないそうよ。あなた、このままだとあの子死んでしまうわ。」
「焦ってはいかん。凛子が言葉を取り戻すまで、気長に待つとしよう。」
「ええ・・」
紗江子と千穂の四十九日の法要を終えた歳三は、その足で凛子の元へと向かった。
「凛子、お父様だよ。」
凛子は熊のぬいぐるみを抱き締めたまま、祖父母の傍から一歩も動こうとしなかった。
「凛子、おいで。」
そう言って歳三が凛子を抱きしめようとすると、彼女は突然泣き出した。
「歳三さん、今夜はおうちにお帰りになってくださる?」
「はい・・」
帰宅した歳三は、篤俊と書斎で酒を飲んだ。
「歳三、凛子の事だが・・」
「あの子は、心を閉ざしてしまいました。俺は、あの子が俺に助けを求めようとしている時に傍にいなかった。あの子はきっと、俺の事を恨んでいるのでしょうね・・」
「そんな事はない。自棄を起こすな。」
「自棄など起こしていませんよ。」
歳三はそう言うと、グラスの中に注がれていたウォッカを一気に飲み干した。
にほんブログ村