イラスト素材提供:十五夜様
ライン素材提供:ひまわりの小部屋様
「そろそろ、凛子ちゃんの学校の事を決めねばなりませんわね。」
「ああ。俺は、凛子を活水女学校に行かせようと思っているんだ。」
「そうですか。義兄様がお決めになられたのなら、わたくしは反対致しません。けれど、凛子ちゃんが学校に馴染めるかどうか・・」
「そうだな、それが一番心配している事なんだ。あいつはここへ来てから、一言も喋っていないし・・」
「お医者様は、焦らずに凛子ちゃんを見守ってやるべきだとおっしゃっておられたのでしょう?凛子ちゃんに早く喋るよう無理強いしては、逆効果になりますわ。」
千尋が歳三と凛子の学校について部屋で話していると、突然奥の部屋から櫻子の泣き声が聞こえた。
「おい、どうした?何があったんだ?」
「凛子ちゃんが、いきなり櫻子ちゃんの髪を引っ張ったんだよ!」
千尋と歳三が奥の部屋へと向かうと、そこには泣き叫ぶ櫻子を必死にあやしている菊千代と、網代籠の前で座り込んでいる凛子の姿があった。
「凛子ちゃん、どうしたの?」
千尋は、凛子の両足の間から尿が滴り落ちていることに気づいた。
「姐さん、櫻子の事を少し宜しくお願いしますね。」
自分の服が汚れるのを構わずに、千尋はそう言って凛子を抱き上げると浴室に向かった。
「今、綺麗にしてあげますからね。」
水で濡らした手拭いで凛子の身体を優しく拭きながら、千尋はそう言うと彼女に微笑んだ。
「ありがとう・・おかあさん。」
「凛子ちゃん・・」
その日の夜、千尋は凛子と一緒に風呂に入った。
「わたし、櫻子ちゃんが羨ましかったの・・わたしのお母様は、もう居ないから・・」
「そう。凛子ちゃんは寂しかったのね。でもこれからは、わたしが凛子ちゃんのお母さんの分まで凛子ちゃんを愛してあげますからね。」
千尋は母を亡くした凛子の悲しみを知り、かつて自分が母を亡くした幼い頃の自分の姿と彼女の姿を重ね合わせていた。
「まぁ、可愛らしいこと。」
活水女学校初等科の入学式に出席した千尋は、着物に袴姿の凛子を見ながら嬉しそうに目を細めた。
「お母様、早く来て~!」
「はいはい、そんなに手を引っ張らなくても、お母様は何処にも行きませんよ。」
西陣の帯を締め、加賀友禅の訪問着に身を包んだ千尋は、凛子と手を繋ぎながら入学式が行われる講堂へと向かった。
「お友達と仲良くお勉強するのですよ、いいですね?」
「わかりました、お母様。」
そんな二人の姿を遠くで眺めながら、歳三は思わず頬が弛んだ。
「凛子はすっかり、お前に懐いているな。一体どんな魔法を使ったんだ?」
「何も魔法なんて使っておりません。ただ凛子ちゃんの傍に寄り添っていただけですわ。」
入学式の日の夜、千尋は凛子の七五三の晴れ着を縫いながら、そう言って歳三を見た。
「やっぱり、女の子には母親が居ねぇと駄目なんだなぁ。」
「そんな事はありませんよ。わたくしは母を亡くしましたが、お父様がわたくしに母の分まで沢山の愛情を注いでくれました。それに、義兄様もわたくしを妹として愛して下さいました。」
千尋は針仕事の手を止めると、そう言って歳三に抱きついた。
「どうしたんだ、いきなり抱きついて来て?」
「義兄様・・歳三さん、わたくしと結婚して下さいませんか?」
「ああ。お前を一生、幸せにするよ。」
歳三と千尋は、新緑薫る五月に浦上天主堂で結婚式を挙げた。
純白のウェディングドレスに身を包んでいる千尋の隣には、満面の笑顔を浮かべた歳三が立っていた。
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