イラスト素材提供:十五夜様
ライン素材提供:ひまわりの小部屋様
「千尋ちゃん、昨夜はどうだった?」
「どうといわれましても・・」
「夫婦二人きりの時間を過ごして、楽しかったかい?」
「ええ。」
「あんたの兄さんは、いい男だねぇ。ああ、兄さんじゃなくて旦那様だったね。」
菊千代はそう言うと、台所の前に置いてある柱時計を見た。
「あんた、もうすぐ仕事の時間じゃないかい?」
「すいません・・後の事をお願いできますか?」
「わかったよ。気を付けて行っておいで。」
「行って参ります。」
着替えを済ませた千尋は台所の勝手口から外に出て、職場である『白虎』へと向かった。
「女将さん、遅れてしまって申し訳ありません。」
「まぁ千尋さん、そんなに謝らなくてもいいわよ。これからお店を開けるところだから、来てくれて助かったわ。」
「何かお手伝いする事はありませんか?」
「流しの近くに置いてあるお茶碗を布巾で拭いて欲しいの。」
「わかりました。」
割烹着をかけた千尋が台所の布巾で洗った茶碗を拭いていると、店に吉田が入ってきた。
「いらっしゃいませ。」
「ここに土方千尋さんという方が働いていると聞いたんだが・・」
「まぁ吉田様、わたくしに何のご用ですか?」
千尋がそう言ってカウンター越しに吉田に声を掛けると、彼は口端を上げて笑った。
「君に、ひとつ頼みたい事があるんだが・・」
「何でしょう、わたくしに頼み事というのは?」
「実はわたしの妻が、二月に息子を出産してね。でも乳の出が悪くて、このままだと息子が死ぬかもしれないんだ。」
「まぁ、それはお気の毒ですね。奥様は、どうなさっておいでですの?」
「妻は乳の出が悪い事を気に病んでしまって、東京の実家に戻って療養しているよ。千尋さん、一度妻に会って、あなたが息子の乳母となることについて彼女と話し合ってくれないだろうか?」
「まぁ・・」
突然の吉田の申し出に、千尋はどう返事をしたらいいのか困ってしまった。
「吉田様、この事はわたくし一人だけでは決められないので、後で夫と相談させていただきます。」
「わかった。お昼がまだだから、ここで食べて行こうかな。」
吉田はそう言って千尋に微笑むと、茶を一口飲んだ。
「ねぇ千尋さん、吉田さんのお話、お受けするの?」
「それはまだ決めておりません。吉田様の奥様を助けてさしあげたいのははやまやまですけれど、わたくしにも子ども達がおりますし・・」
「そうよねぇ、急に乳母になってくれって言われても、即答できないわよねぇ。」
吉田が『白虎』から出て行った後、千尋は時尾と吉田の乳母となる事を話していた。
「時尾さん、明日お休みを頂けないでしょうか?」
「わかったわ。お店の事は心配しないで。」
「ありがとうございます。」
『白虎』を出て一度家に戻った千尋は、奥の部屋で仕事をしている歳三の前に正座した。
「歳三様、お話したい事がございます。」
「何だ?」
「実は先程、吉田様が『白虎』にいらして、わたくしに息子の乳母になってくれと頼まれました。」
「それは、本当なのか?」
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