イラスト素材提供:十五夜様
「千尋、ここにはいつまで滞在するのだ?」
「来週の月曜まで滞在致します。」
「そうか。久しぶりにこっちに帰って来たのだから、子ども達とゆっくりしていきなさい。」
「はい、お義父様。」
「千尋お嬢様、満州の歳三様からお荷物が届いております。」
「有難う、睦ちゃん。」
睦から荷物を受け取った千尋は、包みを解いて中身を箱から取り出した。
箱には、双子達が前から欲しがっていたブリキの玩具や、凛子の髪を飾る色とりどりの美しいリボンが入っていた。
「お母様、このリボン、お父様からのお土産なの?」
「ええ。凛子、良く似合っているわ。失くさないようにするのですよ。」
「わかりました!」
「お母様、勝次郎と向こうで遊んでもいいですか?」
「いいですよ。余り遠くには行ってはいけませんよ、わかりましたね?」
「わかりました、お母様!」
龍太郎と勝次郎はブリキの玩具を掴むと、そのまま居間の窓を開けて中庭へと出て行った。
「あの子達は、実の姉弟のように仲が良いな。千尋、お前も色々と苦労しただろう?」
「ええ。凛子ちゃんは、はじめわたくしに対して心を開こうとはしませんでした・・でも、根気良く凛子ちゃんがわたくしに心を開くまで待っていたら、凛子ちゃんの方からわたくしに話しかけてくれました。」
「無理に相手の心を開こうとしても、逆効果だ。千尋、歳三が留守の間、子ども達のことを頼んだぞ。」
「わかりました、お義父様。」
千尋は母屋の居間から出ると、かつて自分が住んでいた離れに入った。
壁に掛けられている月琴が入った袋にそっと触れると、千尋は袋から月琴を取り出して弾き始めた。
月琴を弾いている間、千尋の脳裏に、歳三とここで過ごした幸せな日々の事が浮かんできた。
『千尋。』
何処からか歳三の声が聞こえて来て千尋が顔を上げると、彼女の前に自分に向かって優しく微笑む歳三の姿があった。
「あなた!」
千尋が歳三に抱きつこうとした時、歳三は突然煙のように掻き消えてしまった。
(わたくしは、一体どうしてしまったのかしら?歳三様の幻を見るなんて・・)
千尋は月琴を抱きながら、涙を流した。
「千尋お嬢様、どうなさいました?」
「睦っちゃん、何でもないわ。」
「まぁ、それはお嬢様の月琴ですよね?」
「ええ。急に弾いてみたくなって、さっき弾いていたの。そしたら、歳三様の幻を見てしまって・・」
「千尋お嬢様、辛い事を一人で抱え込まないでくださいませ。どうか、その苦しみや悲しみをわたくしにも分けてくださいませ。」
「有難う、睦っちゃん。その気持ちだけで、嬉しいわ。」
千尋はそう言うと、睦に微笑んだ。
「わたくし、決めたわ。子ども達の前では決して、涙を流さないわ。もし歳三様が戦地でお亡くなりになっても、子ども達はわたくしの手で立派に育てます。」
東京に一週間滞在した後、千尋は子供達を連れて長崎に戻った。
「女将さん、只今戻りました。」
「お帰り、千尋。あんたにお客様が来ているよ。」
「わたくしに、お客様ですか?」
千尋が『いすず』の客間に入ると、そこには背広姿の男が座って茶を飲んでいた。
「初めまして、土方千尋と申します。あの、あなた様は・・」
「わたしは、安田と申します。」
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