「あなた、王宮からお手紙が届いておりますわ。」
「王宮から?」
娘との遠乗りを楽しんだビトールが邸に戻ると、リリスがそう言って彼に王家の紋章が捺された真紅の封筒を手渡した。
「これは・・何ということだ・・」
「どうかなさいましたの、あなた?」
「リリス、わたしは急いで王宮に向かわねばならん。」
「何が書いてあったのですか?」
「王弟閣下が、お亡くなりになられた。」
「まぁ・・」
「家の留守を頼むぞ。」
「はい。あなた、お気を付けて。」
「ああ。」
乗馬服から正装である軍服に着替えたビトールは、妻にキスするとそのまま邸から出て行った。
「お父様は?」
「お父様なら、王宮に行かれましたよ。クリスティーネ、着替えてらっしゃい。わたくし達も王宮に行きますよ。」
「わかりました、お母様。」
ビトールが王宮の礼拝堂へと向かうと、そこには息子を亡くした王太后がハンカチを握り締めながら王弟・アレハンドロの遺体に取り縋って涙を流していた。
「アレハンドロ、何故この母よりも先に死んだのですか!?」
「落ち着いてください、母上。」
嘆き悲しむ王太后の身体を支えている国王・フェリペの顔にも苦渋の表情が浮かんでいた。
「陛下・・」
「おお、来てくれたか、ビトール。」
「この度はお悔やみ申し上げます。王弟閣下は何故お亡くなりになられたのですか?」
「それが・・」
「あの男に毒を盛られたのです!アレハンドロはあの男に騙されたのです!」
「あの男?」
「ビトール、余の部屋へ参れ。そなたに話したい事がある。」
「わかりました・・」
ビトールがフェリペとともに礼拝堂を出て、彼の私室へと向かう途中、彼は一人の僧侶とすれ違った。
その僧侶は女と見紛うほどの美貌の持ち主で、華奢な身体つきもあいまってか、ビトールは彼を一目見た時、女人禁制であるこの場所に修道女が迷い込んでしまったのかと思った。
「陛下、この度はお悔やみ申し上げます。」
「そなたも来たか、アンジェリーナ。」
「ええ。何と言っても、アレハンドロ様はわたくしにとって特別なお方ですから・・」
そう言って伏し目がちにフェリペを見る僧侶の姿は、まるで最愛の夫を亡くした新妻のようであった。
「陛下、さっき礼拝堂で会った僧侶・・彼は何者なのですか?」
「あれは、アンジェリーナといってな、アレハンドロが生前懇意にしていた修道士だ。まぁ、修道士といってももうすぐ還俗するという噂を聞いておる。」
「そうですか・・」
「ビトール、そのアンジェリーナの事でそなたに話がある。」
「何でしょうか?」
「そなたは、アレハンドロが男色家であったことを知っておろう?」
「ええ。それがどうかなさいましたか?」
「アレハンドロの相手は、あのアンジェリーナだったのではないかという噂が宮廷内に広まっていてな・・現に、二人が仲睦まじい様子で手を繋ぎながら中庭を歩いている姿を目撃した女官が居る。今この時期に、そのような醜聞が広まれば・・」
「一大事ですね。陛下、アンジェリーナはどうなさるおつもりで?」
「アンジェリーナはもうすぐ還俗する身だ。いずれ宮廷で会うこともあろう・・」
フェリペはそう言うと、眉間に皺を寄せた。
「偏頭痛の発作が・・」
「心配事が多いのだ。ビトール、アンジェリーナから目を離すでないぞ。」
「御意。」
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