ファウジア伯爵家の家長となったクリスティーネは、社交界の行事に顔を出すようになった。
「なんだか、休む暇がないわ・・」
「これくらいで弱音を吐いてはなりませんよ、お嬢様。」
ビトールの執務室で書類仕事をしながらクリスティーネがそう言って溜息を吐くと、アウグストは彼女の前に書類を置いた。
「これもサインしておいてください。」
「これも?」
「ええ。あなた様に、休んでいる暇などございませんよ?」
15歳の当主にアウグストは厳しい声を掛けると、執務室から出て行った。
「クリスティーネ、少しは休みなさい。」
「はい、お母様。」
「余り無理をすると、身体を壊してしまいますよ?」
ダイニングで昼食を取っているクリスティーネの顔色が少し悪いことに気づいたリリスは、そう言って彼女の手を握った。
「お嬢様、今夜はフィリップス様主催の夜会です。」
「わかりました、出席します。」
化粧室の鏡の前で、華やかなドレスを纏ったクリスティーネは嬉しそうに笑いながら化粧室から出て行った。
「ではお母様、行って参ります。」
「気を付けて行くのですよ。」
「お嬢様、行ってらっしゃいませ。」
玄関ホールでリリスとアウグストに見送られ、クリスティーネはフィリップ=バレンティン男爵主催の夜会に出席した。
―あれは・・
―クリスティーネ様ですわ、奥様。
―お美しい方ね・・
夜会に出席したクリスティーネに、貴族達が無遠慮な視線を送った。
クリスティーネはフェリペから授けられたロザリオをそっと握ると、笑顔を浮かべてフィリップの元へと向かった。
「バレンティン男爵様、本日はこのような場にお招きいただいてありがとうございます。」
「クリスティーネ様、家督を継がれて何かと大変なことがおありでしょう?何か困ったことがあれば、是非わたしに相談してください。」
「ええ、そう致しますわ。」
クリスティーネはフィリップに愛想笑いを浮かべながら、その場から離れて人気のないバルコニーへと向かった。
「月が綺麗ですね、クリスティーネ様。」
背後から急に声がしてクリスティーネが振り向くと、そこには軍服姿の青年が立っていた。
「あなたは?」
「失礼、わたくしはアレクサンドロ=マコーリーと申します。」
「何故わたくしの名を?」
「15にしてファウジア伯爵家の家督を継がれた美貌の令嬢・・社交界ではあなたの事をそう讃える方が多いですよ。」
「まぁ、そうなのですか・・」
クリスティーネがそう言ってアレクサンドロを見た時、楽団がワルツの調べを奏で始めた。
「わたしと、踊って下さいませんか?」
「ええ。」
クリスティーネはアレクサンドロの手を取り、踊りの輪へと加わった。
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