―王太后様が亡くなられるなんて・・
―突然過ぎて、何がなんだか・・
―それよりもあなた、ご存知?王太后様は流行病ではなく、何者かに毒を盛られて殺されたっていう噂・・
―まぁ、そんな・・
クリスティーネが王太后の追悼ミサに出席する為、王宮内の礼拝堂へと向かうと、貴婦人達が扇の陰でそんな会話を交わしているのを聞いた。
「ねぇアウグスト、王太后様は本当に流行病でお亡くなりになったのかしら?」
「お嬢様、彼女達の噂を信じてはいけません。」
「でも・・」
クリスティーネがそう言ってアウグストを見た時、鐘の音が王宮内に響き渡った。
「皆さん、今宵のミサは我らの母であった王太后様の冥福を祈る為のものです。さぁ、皆で静かに祈りましょう。」
祭壇に主任司祭が現れてそう言って信徒席に座った貴族達を見ると、彼らはしゃべるのを止め、それぞれロザリオを手に王太后の冥福を祈った。
「あら、遅くなってしまいましたかしら?」
礼拝堂の入口で澄んだ声がしてクリスティーネが背後を振り向くと、そこには喪服姿のアンジェリーナが立っていた。
「アンジェリーナ様、今まで一体どちらに?」
「司祭様、わたくしも王太后様の為に祈りを捧げても宜しいでしょうか?」
「構いませんよ。」
司祭とともに信徒席に座ったアンジェリーナは、そっと目を閉じて王太后の冥福を祈る振りをした。
(あの婆があんなにも簡単にくたばるとは・・流行病に罹ったような症状を起こす毒薬をリコが調達してくれて助かったよ。)
王太后付の侍医・ステファノが長年王太后と対立していたことは周知の事実であった。
アンジェリーナはそれを利用し、侍医に賄賂を掴ませて王太后に毒を盛るよう指示した。
“そんなこと、出来ません・・”
はじめはそう渋っていたステファノだが、アンジェリーナから家族に危害を加えるという脅迫を受け、ステファノは王太后を殺害した。
この場に居る貴族達の誰もが、王太后の死を病死だと信じている者が多い。
「アンジェリーナ様。」
そろそろ帰ろうかと思ったアンジェリーナが信徒席から立ち上がろうとした時、クリスティーネが話しかけて来た。
「あら、クリスティーネ様、お久しぶりですわね。」
「ええ。アンジェリーナ様、随分と長い休暇を過ごしていらしたのですね?」
「まぁね。ではわたくしはこれで失礼するわ。」
アンジェリーナはフッと口端を上げて笑うと、そう言ってクリスティーネの脇を通り抜けて礼拝堂から出た。
「何だか不気味な人ね、アンジェリーナ様って。」
「余り彼に近づかない方がよろしいかと。」
「わかったわ。」
アウグストとクリスティーネが自分の事を話していることに気づいたのか、アンジェリーナは礼拝堂の前で足を止め、じっと二人の方を見た。
その時、彼の淡褐色の双眸が光を受けて金色に輝いた。
クリスティーネは、まるで魔物が自分達を仕留めようとしているかのようなアンジェリーナの視線から逃れるように、アウグストとともにアンジェリーナの脇を通り抜けた。
「大丈夫ですか、お嬢様?」
「ええ。でも何だか、嫌な事が起こりそうな気がするのよ・・」
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