朝餉を食べた後、千尋は屯所を出て壬生寺の境内で薙刀の稽古を始めた。
江戸で道場に通っていた頃は熱心に薙刀の稽古に精を出していたが、京に来てからは色々と忙しく、稽古をする時間すらなかった。
久しぶりに薙刀の稽古をすると、滴り落ちる汗とともに、己の内側に溜まっていた鬱屈とした感情がなくなっていくのを感じた。
「朝餉の後、急にいなくなったと思ったら、こんなところにいたのかい?」
「佐助さん、あなたも稽古にいらしたんですか?」
「まあな。部屋に閉じこもるよりも身体を動かしてねぇと、余計な事を考えちまうからな。」
佐助はそう言って腰にさしていた木刀を抜くと、素振りを始めた。
千尋が薙刀の稽古を終えて屯所に戻ると、副長室の方から怒鳴り声が聞こえた。
「芹沢さん、あんたまた騒ぎを起こしたんだってな!?」
「ふん、そんなに目くじらを立てることはなかろう。わしは気に入らん相手を殴っただけだ。」
副長室の襖から少し中を覗いた千尋は、中で歳三が鉄扇を持っている男と対峙していた。
「こっちはまだ京に入って日が浅いんだ。それなのにあんたが色々と面倒な事を起こすから、何の関係もない俺達まで町民から白い目で見られているんだ!」
歳三がそう言って鉄扇を持っている男を睨むと、彼は欠伸をして副長室から出て行った。
「トシ、落ち着け。今芹沢さんと騒ぎを起こしたら、厄介なことになる。」
「ったく、あの人はあんたが何も言わないのをいいことに好き放題しやがって・・芹沢さんは浪士組を潰す気か!?」
「あの人にも困ったものだよ。」
千尋が井戸で身体を洗っていると、そこへ自分に絡んできた相沢がやって来た。
「何かわたくしにご用でしょうか?」
「別に。暑いから水浴びでもしようと思っただけだ。」
「そうですか。ではわたくしはこれで。」
その日の夜、千尋が大部屋で寝ていると、誰かが自分の枕元に立つ気配がした。
「なぁ、こいつ起きてねぇだろうな?」
「相沢、こんなことをして大丈夫なのか?」
「バレなければ大丈夫だろう。」
「そう言うけどなぁ・・」
千尋が暫く寝たふりをしていると、誰かが千尋の布団を剥がした。
「あなた方、何をしているのです?」
自分の寝込みを襲おうとしている隊士達は、千尋が起きていることを知りバツの悪そうな顔をした。
「なぁ、このことは見逃してくれよ・・」
「そうは参りません。」
千尋はそう言って布団から起き上がると、そのまま大部屋から出て副長室へと向かった。
「副長、荻野です。よろしいでしょうか?」
「入れ。」
「失礼いたします。」
千尋が副長室に入ると、歳三は文机の前に座って書類仕事をしていた。
「荻野、こんな夜中に何の用だ?」
「先ほど、わたくしの寝込みを数人の隊士達が襲おうと・・」
「それは本当か?」
歳三は千尋の言葉を聞くと筆を置き、文机の前から立ち上がった。
「そいつらは今、何処にいる?」
「大部屋に居ります。」
「案内しろ。」
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