行きつけの茶店で団子を食べながら、千尋は自分の隣に座る貴助を見た。
彼と初めて会ったとき、彼は騒ぎを起こしていた新見を見事な体術で倒した。
「どうしたんだ?俺の顔に何かついているのか?」
「いいえ。あなたと会った時、あなたは見事な体術で新見先生を倒しましたね。その体術は一体どこで学ばれたのですか?」
「自己流さ。それよりも千尋、お前はこの前京で育ったって言ったよな?」
「ええ。母が祇園の芸妓をしておりましたから、わたくしは母が亡くなるまで京の置屋で育ちました。」
「そうか。道理で物腰が穏やかだと思ったぜ。」
貴助はそう言うと、千尋に微笑んだ。
「貴助さんのお国はどちらですか?」
「江戸かな・・正直言うと、俺はいつどこで生まれたのかさえもわからないんだ。」
「まぁ、そうでしたか。要らぬことを聞いてしまいましたね。」
「いや、いいんだ。それよりも、沖田さんは本当に壬生浪士組一の剣の遣い手なのか?女みてぇな顔をしているし、あんな細い身体で剣が握れるのかねぇ?」
「人は見かけによりませんよ。沖田先生は、天然理心流の師範代を務めていらっしゃる方なのですから。」
「天然理心流?聞いたことがない流派だな。」
「何でも、局長が江戸で道場をやっていた時に門下生の方々に教えていらした流派だとか・・詳しいことは余りわかりません。」
「そうか・・」
千尋に沖田総司の事を聞いた貴助だが、彼は余り幹部たちについて詳しくないらしい。
「なぁ千尋、お前を連れて行きたいところがあるんだが、今度お前が非番の時はいつだ?」
「そうですね、明後日あたりです。」
「そうか。」
「わたくしを連れて行きたいところとは、何処なのですか?」
「それはまだ教えるわけにはいかない。楽しみが半減するだろう。」
「それも、そうですね。」
「二人とも、そろそろ屯所に戻りましょうか?」
「ええ。」
総司とともに茶店を後にする千尋の背中を眺めながら、貴助は暫く二人の様子を見ることにした。
はやまった行動をとっては、すぐにこちらの正体がばれてしまう。
そうなれば、桂が自分を間諜として壬生浪士組を潜入させた意味がなくなってしまう。
(桂先生のご迷惑を掛けないように、俺が出来ることをするんだ。)
「貴助さん、どうかなさったのですか?」
「いや、何でもない。」
「夕餉の時間に遅れたら、土方さんに怒られてしまいますよ。」
総司はそう言って貴助に微笑んだ。
その笑みはまるで、菩薩のように優しいものだった。
こんな女みたいな顔をした男が、鬼神のように剣を振るうのだろうか―そんなことを貴助が思ったとき、突然三人の前に人相の悪い数人の男達がやって来た。
「何ですか、あなた方は?」
「壬生浪士組一番隊組長、沖田総司だな?」
「ええ、そうですが・・」
「幕府の犬め、死ね!」
男達は口々にそう叫ぶと、三人に突然斬りかかって来た。
間髪入れず、総司は鯉口を切り、男達の一人を斬り伏せた。
「余り騒ぎは起こしたくないのに・・困った人達ですねぇ。」
そう言って笑う総司の目は、狂気に満ちていた。
「おのれぇ・・」
「囲め、相手は二人だけだ!」
仲間を殺された二人の男達は、総司と千尋を囲んだ。
「これで逃げられねぇだろう?」
「それはどうでしょう?」
千尋はそう言うと、男達を見て笑った。
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