「千、何処に行くんだ?」
「副長からお使いを頼まれました。」
「そうか。じゃぁ俺も一緒に行こう。お前はまだ京に来て日が浅いから道に迷いでもしたら大変だからな。」
「有難うございます、斎藤さん。」
歳三からお使いを頼まれた千は、斎藤とともに屯所を出た。
「本当に君は、荻野君と瓜二つの顔をしているな。」
「よく言われます。」
「それにしても、蒸し暑い日ばかりが続いて参るな。」
「ええ・・」
斎藤と洛中を歩きながら、千は時折手拭で額に浮かんだ汗を拭った。
「千は、何処の国の生まれなんだ?」
「江戸です。斎藤さんは?」
「俺は会津の生まれだ。」
「会津といえば、松平容保公が治めていらっしゃるところですよね?」
「ああ。千はその年で意外と物知りなのだな。」
「ええ、まぁ・・」
少し幕末に興味があって、歴史書を読み漁った時期があったが、あの時得た知識が役に立つなんて千は思いもしなかった。
「さてと、用は済んだし、もう戻るか?」
「はい。」
千と斎藤が屯所へと戻ろうとしたとき、突然通行人が道を開けた。
「何かあったのでしょうか?」
「さぁ・・」
やがて向こうから、馬に乗った西洋人の男がやって来た。
「異人はんや・・」
「うち、初めて見たわぁ。」
「ほんまに人を喰らうんやろうか?」
通行人たちは口々にそんな事を囁き合いながら、馬に乗った男を見た。
男は千達の前を通り過ぎようとしたとき、千の顔を見た。
『旦那様、どうか・・』
急に馬から降りた男は、千の前へとやって来た。
『エミリー、エミリーなのか?』
見知らぬ男に突然抱きすくめられ、千は驚いて男を見た。
『君は、エミリーに良く似ているが・・人違いだな。』
男はそっと千から離れると、彼を見た。
どうやら彼は、千の事を誰かと勘違いしているようだった。
『あの、僕を誰と勘違いしているのですか?』
『君、英語が話せるのか?』
『ええ・・エミリーというのは、どなたの事なのですか?』
『エミリーは、僕の妹だ。17年前に日本に行ってから行方不明になっていたんだ。』
『そうですか・・』
男の話を聞いた千は、彼の妹が千尋の母親なのではないかと勘で解った。
「斎藤先生、彼を屯所まで連れて行っても宜しいでしょうか?」
「わかった。副長からわたしが話を通しておく。」
「有難うございます。」
斎藤に礼を言った千は、男の方に向き直った。
『ここで立ち話もなんですから、屯所の方まで来てください。』
『わかった。』
「千、こいつは誰だ?」
「この方はアンドリュー様といって、17年前に行方不明になった妹さんを探しに来日されたそうです。」
「そうか・・」
「副長、どうされますか?」
「まぁ、巡り会ったのも何かの縁だ。暫くこいつの屯所での滞在を許す。」
「有難うございます、副長。」
にほんブログ村