桂小五郎―長州派維新志士のリーダー格で、幕府に仇なす国賊。
その名は何度も新選組内で聞いていたが、どんな顔なのか千尋は知らなかった。
桂小五郎は、日本人離れした黄金色の瞳と鳶色の髪をしていた。
「あなたが、桂小五郎・・」
「そうだ。君は確か、荻野千尋といったね?」
「何故、わたくしの名を?」
「新選組に送り込んだ間者が、わたしに君の事を教えてくれたんだ。」
「あなたなのですか、橘太夫に毒入りの金平糖を渡して殺したのは?」
「あの女は知り過ぎてしまった。嘉乃が晋作の子を産んだことも、その子をわたしが引き取ろうとしていることも・・全てを知ってしまったあの女の口を、わたしは嘉乃を使って封じたんだ。」
「何ということを・・」
「わたしは、目的の為ならば手段は選ばない。この国を新しく生まれ変わらせるためには、多少の犠牲は必要だ。」
「それがあなた方の思想ですか・・理解できませんね。」
「理解できなくて結構。今夜君をここへ呼んだのは、君を誘いに来たんだよ。」
千尋が桂を見ると、彼は嬉しそうな顔をした。
「君も、こちら側の人間にならないか?」
「お断りいたします。人殺しの仲間になど、なりたくはありません。」
「つれないね。でも壬生狼もわたし達と余り変わらないじゃないか。公方様を守るといいながら、自分達の掟を破ったものは容赦なく罰する。彼らのやり方と、わたし達のやり方と何が違うというんだい?」
「それは・・」
桂の言葉に、千尋は何も言い返せなかった。
「さぁ、わたしの手を取って我々の仲間になってくれ。」
千尋に笑顔を浮かべた桂は、優しく彼の前に手を差し出した。
「ひとつだけ、お聞きしたいことがあります。」
「何だい?」
「もしわたくしがあなたの仲間になったのなら、不都合な事が起きたときにわたくしを殺しますか?」
「それは、答えられないな。」
「そうですか。」
千尋はそう言うと、桂の手を邪険に振り払った。
「何処へ行くつもりだい?」
「お話は済みましたので、わたくしはこれで失礼させていただきます。」
千尋が桂に背を向けて部屋から出ようとしたとき、彼の前に一人の少年が現れた。
「そこをお退きなさい。」
「瑠璃、彼に道を譲ってやりなさい。」
「ですが、先生・・」
「また会うことがあるだろう、荻野君。その時はきっと、わたしの手を取っておくれよ。」
桂の言葉を無視した千尋は、そのまま音羽屋へと戻った。
「ただいま戻りました。」
「千尋、土方はんからあんたに文が届いているえ。」
「有難うございます。」
歳三の文を読んだ千尋は、島原での調査を終了し、屯所へと戻った。
「短い間でしたが、お世話になりました。」
千尋が二週間ぶりに屯所へ戻ると、何やら屯所の中が慌ただしかった。
「何かあったのですか?」
「沖田先生が、血を吐かれたんだ。」
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