『お待たせいたしました。』
『遅かったな、待ちくたびれたぞ。』
環達が邸の前に停まっている馬車へと向かうと、先に荷物を纏めたルドルフが馬車の前で仏頂面を浮かべながら彼らを待っていた。
『これから、何処へ向かうのです?』
『ウィーンだ。少し疲れただろう、ウィーンに着くまで寝ていろ。』
『はい。』
環達を乗せた馬車は、やがてブタペスト西駅に着いた。
『ここから汽車でウィーンへと向かう。』
『素敵な駅舎ですね。』
『足元に気をつけろ。』
ルドルフは馬車から降りる環を優雅にエスコートすると、彼と共に駅舎の中へと入った。
『ルドルフ様、お待ちしておりました。』
二人が駅舎の中に入ると、駅長と思しき男がルドルフの方へと駆け寄り、恭しい仕草で彼が持っていたトランクを受け取った。
『発車まで時間がありますので、待合室でお待ちください。』
『わかった。』
環達は、皇室専用の待合室へと向かった。
そこは、美しい内装が施された部屋だった。
『あの、つかぬ事をお聞きしても宜しいでしょうか?』
『何だ?』
『ルドルフ様は、どうような御身分のお方なのですか? 高貴な方だとお見受けしましたが・・』
『タマキさん、今まで殿下がどのような御身分なのかをご存知なかったのですか!?』
環の言葉を聞いたゲオルグが素っ頓狂な声を上げながら驚愕の表情を浮かべながら彼を見た。
『すいません、お尋ねする暇がなかったものでして・・』
『いいですか、殿下は・・ルドルフ様は、オーストリア=ハンガリー帝国の皇太子様であらせられるのですよ! 本来ならば、タマキさんのような方が・・』
『ゲオルグ、止せ。今までわたしが何者なのか知らなかったのだから許してやれ。』
ルドルフは尚も環に言い募ろうとする従僕を手で制すると、彼は渋々と口を閉じた。
『皇太子様とは・・わたし、今までとんだ失礼な事を・・』
『気にするな。それよりもタマキ、今後のお前の処遇についてだが・・』
『皇太子様、間もなく発車いたしますので、お急ぎください。』
『解った、行くぞ。』
『はい。』
(ルドルフ様は、さっき一体何を言おうとしていたのだろう)
待合室から出た環は、初めて蒸気機関車を見た。
深紅の車体の中に入ると、そこは待合室と同じような美しい内装が施されていた。
「うわぁ、綺麗。」
「こりゃぁたまげたね。」
環達を乗せた汽車は、ブタペスト西駅を発車し、一路ウィーンへと向かった。
ウィーンへの車中、環は初めて乗る汽車に興奮し、まるで幼い子供のようにはしゃいだ。
『そんなに汽車が珍しいのか?』
『はい。日本に居た頃は乗る機会が滅多になかったものですから、嬉しくて・・』
『そうか。これからはずっと一緒に居られるな。』
ルドルフはそう言うと、環の唇を塞いだ。
『何をなさいます?』
『ウィーンに着くまでまだ時間がある。』
ルドルフは涼しい顔をしながら、環の帯紐を器用に解き始めた。
『お戯れを・・誰か来たらどうなさるおつもりですか?』
『ドアの鍵は掛けてある。お前、もしかして初めてなのか?』
ルドルフの問いに、環は顔を赤く染めながら静かに頷いた。
『優しくしてやるから、心配するな。』
『ルドルフ様・・』
ルドルフの美しい指先が環の帯を解き、真紅の振袖が乾いた音を立ててペルシャ絨毯の上に落ちた。
環が潤んだ瞳でルドルフを見つめると、彼は再び環の唇を塞ぎ、その上に覆い被さった。
その時、静寂を破るかのように、ドアを誰かが激しく叩く音が外から聞こえた。
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