『ルドルフ様が、今朝不動産屋に出入りするのを見たんですって。』
『まぁ、ルドルフ様が不動産屋に何のご用なのかしら?』
『それはあなた、愛の巣を探しているからに決まっているじゃないの!』
『愛の巣って、どの女との?』
『鈍いわね、あなた。ルドルフ様が今入れ込んでいるのは、あの東洋の舞姫に決まっているじゃないの!』
廊下で口さがない女官達がそんな噂をしているのを、閣議へと向かっていたフランツが聞いてしまった。
『ルドルフを呼べ。』
『陛下、皇太子様は只今外出中です。』
『外出中でも構わん、すぐにわたしの元に来るようあいつに伝えろ!』
『は、はい・・』
ゲオルグはフランツからそう言われ、慌てて王宮から出てルドルフを探した。
その頃、ルドルフは不動産屋である一軒の屋敷の契約を店主と取り交わそうとしていた。
『本当に宜しいのですか?』
『宜しいも何もないだろう、早く契約を済まそう。』
『は、はい・・ではこちらの書類にサインを・・』
店主は強引なルドルフに対して少し怖気づきながらも、彼にそう言って愛想笑いを浮かべた。
『これでいいか?』
『有難うございます。』
『殿下、探しましたよ!』
ルドルフが上機嫌な様子で不動産屋から出て来ると、彼の前には苦しそうに肩で呼吸しているゲオルグの姿があった。
『どうした、ゲオルグ?』
『あの屋敷は、まだ契約されていませんよね?』
『もう契約した。それがどうかしたのか?』
『陛下に、この屋敷の事を知られてしまいました。陛下がお呼びです。』
ゲオルグの言葉を聞いたルドルフの顔から、笑みが消えた。
『わかった、すぐ行く。』
ルドルフがゲオルグとともに王宮に戻ると、二人を皇帝付きの侍従が出迎えた。
『皇太子様、こちらです。』
『陛下、失礼いたします。』
ルドルフが皇帝の私室に入ると、皇帝は無言でルドルフの顔を拳で殴った。
『陛下、落ち着いてくださいませ!』
『ルドルフ、お前は一国の皇太子でありながら、男に現を抜かすとは何事だ!』
憤怒の表情を浮かべ、自分に怒りをぶつける皇帝を、ルドルフは無言で見つめた。
『父上、わたしはタマキの事を本気で愛しております。』
『お前と身分が釣り合うような相手ではない、しかも同性だ。このような事を、教会が許す訳が・・』
『父上、わたしはタマキを諦めるつもりはありません。』
口端を流れる血を乱暴でルドルフは手の甲で拭うと、皇帝に背を向けて部屋から出て行った。
『まったく、あいつは何て事を・・気が狂ってしまったのか!?』
『陛下、皇太子様は一時の気の迷いであのような事をおっしゃっているだけです。どうか気を鎮めてください。』
皇帝の私室から出たルドルフは、環の部屋へと向かった。
『暫く誰もこの部屋に入れるな。』
『はい・・』
環の世話係の女官は、ルドルフのただならぬ様子を察してそそくさと部屋から出て行った。
内側から鍵を掛け、ルドルフは寝台の端に腰を下ろした。
『タマキ、何故起きてくれないんだ?』
ルドルフは環にそう優しく話しかけながら、そっと彼の艶やかな黒髪を梳いた。
『う・・』
その時、環が低く呻き、ゆっくりと黒真珠のような美しい瞳を開いた。
『ルドルフ様、どうして・・』
『タマキ、やっと目を覚ましてくれたんだな。』
ルドルフは環を優しく抱き締めると、彼の唇を塞いだ。
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