『髪を、切られたのですね。』
『えぇ・・』
ホテルの部屋に入るとフランがいきなりそう話を振って来たので、環はそう答えるしかなかった。
彼の言葉を聞いたフランは、それっきり黙り込んでしまい、部屋の中には気まずい空気が流れた。
『ねぇフラン、あなたタマキの事をどう思っているの?』
『ヴァレリー、急に何を言い出すのさ?』
『だって、あなたさっきからずっとタマキの事ばかり見ているじゃないの。』
そう言って自分を見るヴァレリーは、何処か拗ねたような顔をしていた。
『僕は別に、タマキさんの事を好きなんかじゃ・・』
『嘘おっしゃい!言っておくけれど、タマキはお兄様のものなのよ! そうよね、お兄様?』
『それ以上言うな、フランが困っているだろう。』
ルドルフはヴァレリーをそう窘(たしな)めた後、溜息を吐いた。
『お兄様は、いつウィーンに戻って来るんですの?』
『それはまだ決めていない。』
『お兄様が早くウィーンに戻って来てくださらないと、女官達がまた変な噂を流してしまうわ。』
『ヴァレリー、それはルドルフ兄様には言わない・・』
『どんな噂だ?』
フランツは慌ててヴァレリーの口を塞ごうとしたが、遅かった。
ルドルフは蒼い瞳で射るように妹を見た。
『どんな噂を、お前は聞いたんだ?』
『えぇっと・・お兄様がなかなか結婚をお決めにならないのは、お兄様が男色家ではないかとか、独身皇族になろうとしているとか・・』
『ほぉ、なかなか面白い噂だな。』
ルドルフはそう言って妹の言葉に笑ったが、目は全く笑っていなかった。
『ヴァレリー、そんな噂は気にするな。』
『はい。ねぇお兄様、男色家って何ですの?』
妹の言葉に、ルドルフは飲んでいたコーヒーを噴き出しそうになり、思わず噎(む)せてしまった。
『大丈夫ですか、ルドルフ様?』
『大丈夫だ。』
『ねぇお兄様、男色家って何ですの?』
激しく咳込む兄に、ヴァレリーは再び同じ質問をぶつけた。
『・・それは、お前が知らなくてもよいことだ。』
『何よ、お兄様の意地悪!』
『やめなよヴァレリー、ルドルフ兄様が困っているじゃないか!』
『何よフラン、じゃぁあなたは男色家の意味を知っているの?』
『そ、それは・・』
『勿体ぶらずに、教えて頂戴!』
『お二人とも、早く飲まないとココアが冷めてしまいますよ?』
環はそう言ってその場を収めると、ヴァレリーとフランは慌ててココアを飲み始めた。
『じゃぁお兄様、わたくし達これで失礼いたします。』
『気を付けて帰るんだぞ。フラン、ヴァレリーの事を頼む。』
『解りました。』
ホテルの前でヴァレリーとフランと別れたルドルフがホテルの中へと戻ろうとした時、カメラの眩い光が彼を襲った。
『おい、撮ったか?』
『あぁ、勿論さ!』
茂みの中からそんな記者達の会話を聞いたルドルフは彼らを追いかけようとしたが、向こうは逃げ足が早く、ルドルフはあっという間に彼らを見失ってしまった。
(クソッ、油断した・・)
翌朝、ウィーンの新聞記事の一面には、『雲隠れ中の皇太子、プラハで恋人と蜜月を満喫中』という見出し記事が、ルドルフと環のツーショット写真とともに飾られた。
『ルドルフ様、まずいことになりましたね。』
『ウィーンへ戻るぞ、タマキ。これ以上隠れても無駄だ。』
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