『そりゃぁ、毎日タマキ様に会いに来ていらしているのだから、そういう関係でしょう!』
『そういう関係って、どういう関係よ?』
『鈍いわね、あなた!恋人同士ってことじゃない!』
『そういえばさっき、寝室からタマキ様の喘ぎ声がここまで聞こえて来たわ。』
『皇太子様は、タマキ様を心底愛していらっしゃるのね。』
『このお屋敷を買われたのも、タマキ様と一緒に過ごす為でしょう?あたしも一度でもいいから、そういう風に愛されてみたいわぁ。』
『あんたには無理よ。』
『何それ、酷~い!』
メイド達の笑い声がドア越しに響いた。
環は彼女達に気づかれぬよう、静かにその場から去った。
環が寝室のドアをそっと開けて中に入ると、寝台にはルドルフが安らかな寝息を立てながら眠っていた。
(よく眠っていらっしゃる・・)
寝台の端に腰掛けながら、環はルドルフの寝顔を見つめた。
いつも王宮では気難しい顔をしていることが多い彼だが、眠っている時の顔はまるで幼子のように愛くるしい。
環がそっとルドルフに口づけようとした時、彼が突然苦しそうに呻いた。
『嫌だ・・母上、僕を一人にしないで。』
彼は昔の―幼い頃の夢でも見ているのだろうか。
環は、ルドルフがどんな幼少期を過ごしていたのかを全く知らない。
ヨハン大公から聞いたのは、彼の母親が宮廷に殆どおらず、流浪の旅を繰り返していたということだけだった。
『苦しいよ、助けて・・』
環は眉間に皺を寄せ、苦しそうに呻くルドルフの手を握った。
『大丈夫ですよ、ルドルフ様。わたしが居りますから。』
環がそう言うと、ルドルフが彼の手を握り返した。
その後、ルドルフは何度も寝返りを繰り返し、苦しそうに呻いた。
『タマキ様、どうかなさったのですか?』
寝室のドア越しに、メイドの心配そうな声が聞こえた。
どうやら、ルドルフの呻き声は厨房にまで届いていたらしい。
『何でもないわ。それよりも、お水を頂戴。』
『かしこまりました。』
メイドが廊下から立ち去る足音を聞いた環は、再びルドルフの手を握った。
『母上~!』
ルドルフは突然そう叫ぶと、環に抱きついた。
ズシリと彼の全体重が掛かり、環は思わず床に倒れそうになった。
『ルドルフ様、起きてください!』
『母上、会いたかったよ~!』
どうやらルドルフは、環を自分の母親と勘違いしているようだ。
必死に環はルドルフを自分から引き離そうとしたが、彼の身体はビクともしなかった。
環は溜息を吐くと、ルドルフの背を優しく叩き、子守唄を唄い始めた。
子守唄は日本語だが、それを聞いたルドルフはたちまち環から離れ、寝台の上で再び安らかな寝息を立て始めた。
『ん・・』
翌朝、ルドルフが寝台から半身を起こすと、隣には疲れ切った表情を浮かべた環が恨めしそうな目で自分を睨んでいた。
『タマキ、そんな顔をしてどうしたんだ?』
『ルドルフ様、もしかして昨夜のことを憶えていらっしゃらないのですか?』
環がそうルドルフに尋ねると、彼は首を傾(かし)げた。
『よく憶えていないな。』
『そうですか。』
『タマキ、わたしは昨夜、何かおかしな事をしたのか?』
『いいえ、憶えていなければよいのです。』
『朝食を作って参ります。』
そう言って仏頂面を浮かべながら寝室から出て行く恋人の姿を見て、ルドルフは未だに首を傾げていた。
(あいつは何故、あんなに不機嫌なんだ?)
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