涼介の視線が、環から彼の隣に立っているルドルフの方へと移った。
『初めまして、わたしは環の兄の、涼介と申します。』
『ルドルフ=フランツ=カール=ヨーゼフと申します。タマキから、あなたのお話は何度か伺いました。お会いできて光栄です。』
ルドルフが自分に差し出した手を、涼介は握ろうとしなかった。
『ルドルフ様、大変申し上げにくいのですが、弟と別れてやってはいただけませんか?』
涼介の言葉を聞いたルドルフの笑みが、少し引き攣った。
『それは、どういう意味でしょう?』
『貴方様はこの国の皇太子様であらせられます。あなたは、弟を幸せにすることは出来ない。』
「兄上、お言葉が過ぎます!」
兄の言葉を黙って聞いていた環は、彼にそう叫ぶとルドルフの腕を取った。
『もうここから出ましょう、ルドルフ様。師匠の前で、兄と言い争いたくありません。』
『待て、タマキ。リョースケさんの言い分も聞いてやれ。』
『ですが・・』
『ルドルフ様、本当に弟の事を愛しているのなら、早く弟と別れてください。それが、弟の幸せの為にもなるのです。』
『お言葉ですがリョースケさん、わたしはタマキと別れるつもりはありません。貴方こそ、ハインツと別れて、日本へ帰ってご両親を早く安心させてあげたらどうです?』
『わたしとハインツの事は、貴方には関係のないことでしょう?』
ルドルフの言葉を黙って聞いていた涼介は、彼が自分とハインツの関係に口出しし始めると、そう言ってルドルフに反論した。
『他人の恋愛ごとになど、わたしは口出しするつもりはありませんが、貴方がタマキと別れろとおっしゃるので、わたしも同じ事をあなたに言ってみました。』
『嫌な方ですね、貴方は。』
『あなたとタマキは血を分けた兄弟ですが、他人の私生活を干渉する権利も資格もあなたにはないのでは?』
涼介とルドルフの間に、険悪な空気が漂った。
『いいでしょう、わたしはもうウィーンには戻らないつもりで、親友の墓に参ったのですから、貴方とタマキの関係に口出しする気はありません。』
『ご理解いただけて、良かったです。』
涼介はルドルフと環に背を向け、墓地を後にした。
『兄上、前に会った時はわたしと貴方様の関係には口出ししないとおっしゃっていたのに、どうして・・』
『弟のお前の事が気になって言わずにはいられなかったのだろう。』
ルドルフがそう言って環の方を見た時、空から雪が降って来た。
『雪が酷くならない内に、お前の屋敷に行こう。』
『はい。』
屋敷へと戻った環とルドルフは、暖炉の前で冷えた身体を温めた。
『ルドルフ様、手が悴(かじか)んでおりますよ。』
『これ位平気だ。』
そう言ってルドルフは強がってはいるが、彼の両手は寒さで赤くなっていた。
『放っておいたら霜焼けになってしまいますから、今塗り薬を・・』
環が暖炉から離れようとすると、ルドルフが背後から急に抱きついてきた。
『ルドルフ様、何を・・』
『暖を取るのなら、こうした方がいいとは思わないか?』
ルドルフの言葉を聞き、環の顔に笑顔が戻った。
『何が可笑しい?』
『いいえ、何でもありません。』
『もうすぐクリスマスだな。何か欲しい物はあるか?』
『いいえ。ルドルフ様は何か欲しい物はございますか?』
『お前以外は、何も欲しくないな。』
ルドルフの言葉に、環は頬を赤く染めて俯いた。
一方、涼介はハインツとともに英国行きの船を港で待っていた。
『リョースケ、さっきから仏頂面ばかり浮かべているね。ウィーンで何かあったのかい?』
『別に。』
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