※舞踏会で環が着ていたドレスのイメージです。
『ちょっとフラン、苦しいわよ!』
『あぁ、ごめん。今退けるよ。』
人気のない所まで走ったフランは、漸くヴァレリーの口から右手を退けた。
『どうしてわたしの口を塞いだのよ!』
『ルドルフ兄様の前で女官達が噂をしている事を話さなくてもいいじゃないか。』
『だって、どうしてお兄様が舞踏会を欠席されたのかをお聞きしたかったんだもの!』
『ヴァレリー、あのねぇ・・』
フランがそう言って溜息を吐くと、そこへ環が通りかかった。
『ヴァレリー様、フラン様、こんな所でどうなさったのです?』
『タマキ、お兄様ったら昨夜の舞踏会をすっぽかしたのよ!』
『まぁ、それは大変ですね。』
『ねぇタマキ、どうしてお兄様が舞踏会をすっぽかしたのか、あなたは何か知らないの?』
ヴァレリーの言葉を聞いた環が、急に頬を赤く染めて俯いた。
『どうしたの、タマキ?』
『いえ、何でもありません・・』
そう言って環は困ったように首筋を掻いた。
その時、人の歯形のようなものが彼の首筋についていることに、フランは気づいた。
そして、何故ルドルフが昨夜舞踏会を欠席したのかも、その理由が解ったような気がした。
(あぁ、そういう事か・・)
ルドルフが環を王宮内に住まわせ、毎晩のように自分の寝所に呼んでいることを愚痴っている従僕達の話を廊下で聞きながら、フランは二人が深い関係にあることを知った。
だから、ヴァレリーの質問に環は今困った顔をしているのだ。
『ヴァレリー、もうすぐヴァイオリンの先生が来るんじゃない?』
『ああ、すっかり忘れてしまったわ!それじゃぁタマキ、またね!』
バタバタと慌ただしい足音を立てながら、ヴァレリーとフランは環の前から去っていった。
『遅かったな、タマキ。今まで何をしていた?』
『申し訳ございません、ヴァレリー様に呼び止められてしまいまして・・』
『ヴァレリーに?』
『えぇ、ルドルフ様が何故、昨夜の舞踏会で欠席されたのかをしつこく聞かれてしまって、困りました。』
『そうか・・ヴァレリーには困ったものだな。』
ルドルフはそう言うと、溜息を吐いた。
『あの、ルドルフ様・・このドレスは?』
『お前の為に誂(あつら)えた物だ。代金はもう払ったから、気にするな。』
『そんな・・』
その日の夜、軍服に身を包んだルドルフは、環を連れて皇帝主催の舞踏会に出席した。
環は白薔薇が刺繍された目が覚めるようなペールグリーンのドレスを着ており、胸元には真珠が淡く美しい光を放っていた。
『ルドルフ様、わたし失礼致します。』
『逃げるな、わたしの傍に居ろ。』
環がルドルフの元から離れようとすると、彼は不機嫌な口調でそう言った後、環と腕を組んで踊りの輪の中へと入っていった。
二度目とあってか、はじめはぎこちなかった環のステップは、徐々に軽やかなものとなっていった。
彼が踊る度に、彼の艶やかな黒髪を飾っているダイヤモンドの髪留めがシャンデリアの光を受けて美しい輝きを放った。
『おや、珍しい。』
暑い大広間から出て環がバルコニーで涼んでいると、そこへビクトール大公がやって来た。
『そのドレスは、甥御殿からのプレゼントかな?』
『ビクトール大公様、手を離してください。』
『吸い付くような肌をしているね。やっぱり若いのはいいね。』
ビクトール大公は己の立場を利用して、環が拒めないのをいいことに、白の長手袋に包まれた環の腕を擦り始めた。
『おやめください、人を呼びますよ。』
『呼んでみたらどうかね?』
ビクトール大公は環の言葉を鼻で笑うと、環の唇を塞ぎ、彼の華奢な腰を撫でまわした。
『触ってんじゃねぇよ、クソ親父!』
ドスの利いた声がしたかと思うと、ビクトール大公の身体は一瞬宙を舞い、バルコニーの床に叩きつけられた。
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