ゲオルグとヨハンが現場へと向かおうとしたが、ルドルフが乗っている馬車は暴徒達に包囲され、近づくこともままならなかった。
『これ以上近づけません。』
『クソ、引き返すぞ!』
ヨハンがそう言って来た道を戻ろうとした時、馬車の扉が開き、ルドルフが降りて来た。
『殿下、危険です!馬車にお戻りください!』
ゲオルグがそう叫んだが、ルドルフは彼の言葉を無視し、暴徒達の前に立った。
『お前達がわたしを殺すつもりで馬車を襲ったのなら、殺すがいい。』
ルドルフは両手を広げ、暴徒達に丸腰であるということをアピールした。
『わたしが死んでこの国が変わるのなら、わたしは死ぬことに後悔などしない。わたしの命が、この国の糧となるのなら、喜んでお前達に命を差し出そう。』
『ルドルフ!』
ヨハンはゲオルグとともに驚愕の表情を浮かべながら、ルドルフの言葉を聞いた。
『さぁ、誰かわたしを撃つ者は居るか?』
ルドルフはそう言って乾いた笑い声を上げながら、暴徒達を見渡した。
先ほどまで興奮していた彼らは、急に静かになり、じっとルドルフを見つめていた。
『お前達が今、オーストリアに対してどんな感情を抱いているのかわかる。』
『うるせぇ、俺達の苦しみを解っていない癖に、勝手な事を言うな!』
暴徒達の中から、リーダー格と思しき赤毛の男が出て来てルドルフにそう叫ぶと、彼を睨みつけた。
『お前達は、俺達ハンガリーの・・マジャール人の歴史や文化を蔑ろにし、誇りまで踏みにじった!俺達はお前達の綺麗事なんて聞いても反吐が出るだけだ!』
『お前、名は?』
『ヨーゼフだ!』
『ヨーゼフ、お前はわたしに・・オーストリアに何を望む?』
『ハンガリーからオーストリアは手をひいて欲しい。俺達の望みはただそれだけだ。』
『お前達の望みは、必ず皇帝陛下にお伝えしよう。今無駄な血を流すのは、互いにとって有益ではない。早く家族の元へ帰れ。』
ルドルフはそう言うと、怒り狂う赤毛の男を見つめた。
赤毛の男・ヨーゼフは暫くルドルフと睨み合った後、暴徒達に向かってこう叫んだ。
『お前達、銃を下ろせ!皇太子様をお通ししろ!』
ヨーゼフの鶴の一声で、それまで道路を塞いでいた暴徒達は、道路の両端に並び、ルドルフが乗った馬車を通した。
『エーヤン、ルドルフ(ルドルフ、万歳)!』
どこからともなく、そんな声が暴徒達の中から聞こえると、それはたちまち彼らの間に広まり、歓声と喝采をルドルフに送った。
『殿下!』
『ルドルフ、一時はどうなる事かと思ったぞ!』
馬車から降りて来たルドルフを迎えたゲオルグとヨハンがそう言いながらルドルフを見ると、彼は咳込んでヨハンの胸元に倒れ込んだ。
『おい、しっかりしろ!』
『どうやら安心した所為で、貧血を起こしてしまった。大公、わたしを部屋まで運べ。』
『わかったよ、手間がかかる奴だな。』
ヨハンはそうルドルフに憎まれ口を叩きながらも、ルドルフの肩に腕を回して彼の身体を支えながら屋敷の中へと入っていった。
『ルドルフ、部屋に着いたぞ。』
『寝室まで連れて行け。』
『はいはい、わかったよ。』
ヨハンは溜息を吐きながら、ルドルフを寝台の上に寝かせた。
すると、彼は急に抱きついたと思うと、ヨハンの唇を塞いだ。
『おいルドルフ、俺はタマキじゃないぞ!』
ヨハンは慌てて自分からルドルフを引き離そうとしたが、ルドルフの身体はビクともしなかった。
『殿下、お薬をお持ちいたしました。』
間の悪い事に、寝室の扉が開いてゲオルグが入って来て、寝台の上で抱き合う二人の姿を見てしまった。
『お邪魔致しました。』
『こら、誤解したまま行くな、ゲオルグ!』
ゲオルグを慌てて追いかけようとしたヨハンだったが、彼は寝室から出て行った後だった。
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