ハンガリーでルドルフが暴徒達を説得したという話は、遠くウィーンに居る皇帝の耳に入った。
『皇太子様もやりますね。暴徒達を前に毅然とした態度で話されたと、ブタペストでは噂になっておりますよ。』
『陛下も鼻高々でしょう。』
『あいつは当然の事をしたまでだ。』
そう言ったフランツは、照れくさそうに笑った。
ブタペストにおけるルドルフの武勇伝は瞬く間に王宮中に広まったが、もうひとつの噂も広まりつつあった。
それは―
『ねぇ、聞いた?』
『ブタペストで、皇太子様とサルヴァトール大公様がただならぬ仲だという噂・・』
『何でも、皇太子様とサルヴァトール大公様が、寝台の上で抱き合っていたお姿を皇太子様付きの侍従が目撃したそうよ。』
『まぁ、お二人ともそのようなご関係だったなんて知らなかったわ!』
女官達がルドルフとヨハンが“ただならぬ仲”であるという噂を話している間、環は黙ってテーブルクロスに刺繍を施していた。
『あなた達、何を話しているの?』
『ヴァレリー様、お気になさらず。』
『あなた達が話している事が気にならない訳がないじゃないの!』
マリア=ヴァレリーは、そう言うと噂をしていた女官の一人に詰め寄った。
『お兄様とヨハン様がどうされたの?“ただならぬ仲”って、どういう意味ですの?』
『そ、それは・・』
ヴァレリーの質問攻めにあい、女官は気まずそうに彼女から目を逸らした。
『わたし達、用事を思い出しましたのでこれで失礼いたします。』
女官達はそそくさと部屋から出て行き、部屋にはヴァレリーと環が残された。
『ねぇタマキ、あなたは噂の事、知っているわよね?』
『はい。ですがあの噂は、ゲオルグさんが誤解してしまったことから他の者が広めてしまったようです。』
環はそう言ってクスクスと笑った。
『ふぅ~ん、じゃぁお兄様とヨハン様が、“ただならぬ仲”というのは嘘なのね?』
『ええ。ゲオルグさんからの手紙によれば、貧血を起こしてしまったルドルフ様が、ヨハン様をわたしと間違えて抱きついてしまい、たまたまその場を目撃して勘違いしてしまったと書かれておりました。』
『なぁんだ、そういう事だったのね!わたし、てっきりお兄様が浮気されているのではないのかと心配してしまいましたわ!』
事の真相がわかり、マリア=ヴァレリーはそう言うと笑顔を浮かべた。
『ルドルフ、お前の所為で女官達の俺を見る目が何処か冷たいんだが・・』
『気の所為だろう、大公。』
ウィーンのホーフブルク宮へと戻ったヨハンは、時折女官達が自分に向ける冷たい視線に気づき、そう言ってルドルフを見た。
『まさか、大公があんなに情熱的だったとは・・』
『お前、何を言っているんだ?あれは事故で・・』
『ラテンの血が入っているだけあって、あんなに激しくわたしを求めてくるなんて・・』
『おい、ルドルフ!』
ヨハンが堪らずルドルフの肩を掴み、無理矢理彼を自分の方に向かせると、ルドルフは熱で潤んだ瞳でヨハンを見た。
『ルドルフ、お前・・』
ヨハンがルドルフの額に手を置くと、そこは焼けるように熱かった。
『風邪、まだ治っていなかったのか?』
ルドルフはヨハンの言葉に頷くと、彼に抱きついてきた。
『お前、何を・・』
『また貧血を起こした。』
『だからって、俺に抱きつくな!』
ヨハンがそう言ってルドルフを睨むと、突然背後から女官達の黄色い悲鳴が聞こえた。
振り向くと、廊下の隅に数人の女官達が自分とルドルフの姿を見て何やらヒソヒソと囁き合っていた。
『おい、お前達、これは誤解だ!』
『つれないな、大公。わたしを捨てるのか?』
ルドルフはそう言うと、意地の悪い笑みを口元に浮かべた。
(こいつ、楽しんでいやがる!)
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