『クリストフ司祭様、わたしに何かご用でしょうか?』
『いえ、先ほどマイヤー司祭様と何を話されていたのかなと・・』
『申し訳ありませんが、マイヤー司祭と話した事はプライベートな話なので、貴方に打ち明けることはできません。』
『そうですか。』
そう言ってクリストフ司祭は残念そうな顔を浮かべた。
彼の思わせぶりな態度に、環は少し苛立った。
『貴方は、わたしに何を望むのですか?』
『いいえ。貴方には、何も望むものはありません。しかし、あなたに興味はあります。』
『興味?』
環は微かに柳眉をつり上げながら、クリストフの方を見た。
『えぇ、貴方が何故皇太子様のお心をひきつけてやまないのかを、知りたいのです。』
『知ってどうなさるおつもりですか?わたしから皇太子様を奪うおつもりで?』
『面白い冗談をおっしゃるのですね、貴方は。』
クリストフはそう言って笑うと、環を見た。
『そろそろミサが始まるので、わたしはこれで失礼致します。』
黒い法衣の裾を軽く払ったクリストフは、環に背を向けて去っていった。
『遅かったわね。』
『マイヤー司祭様とお話をしていたら、長くなってしまいました。』
『あら、そう。さっき、ルドルフ様の侍従から貴方宛てのお手紙を預かったわよ。』
『有難うございます。』
環は女官から手紙を受け取り、人気のない廊下へと向かった。
手紙には、“今夜オペラ座に来るように”とだけ書かれてあった。
『タマキ、そんなところで何をしているの?』
『ヴァレリー様、おはようございます。』
『ねぇ、それ誰からのお手紙なの?』
ヴァレリーは環が背中に隠した手紙を目敏く見つけた。
『これは、何でもありません。』
『水臭いわね、わたしとタマキの仲じゃないの、見せて頂戴な!』
『止めろよ、ヴァレリー。タマキが困っているじゃないか。』
フランはそう言ってヴァレリーを止めると、彼女は不貞腐れた表情を浮かべた。
その日の夜、環が馬車でオペラ座へと向かうと、支配人が恭しく環を出迎えた。
『タマキ様、こちらへどうぞ。』
環が支配人とともに向かったのは、貴族専用の化粧室だった。
『あの、皇太子様はどちらに?』
『皇太子様なら、ロイヤルボックスでお待ちしております。』
支配人がそう言って環に微笑んだ時、化粧室のドアが急に開いた。
『あら、間違えちゃった。』
化粧室のドアを開けて中に入ったのは、髪を結い上げた美しい女性だった。
『こらミリ、ここは貴族専用の化粧室だぞ、勝手に入ってくるな!』
『あらぁごめんなさい。』
女性の視線が、支配人から鏡台の前に座った環の方へと移った。
『貴方が、ルドルフ様の愛人ね?』
『はい、そうですけれど・・あなた様は?』
『自己紹介が遅れてしまったわね。わたしはミリ=シュトゥーベル、貴方の話はジャンナから聞いているわ。』
『ジャンナ?』
『ヨハン=サルヴァトール大公様の事よ。彼はイタリア生まれだから、ジャンナって呼んでいるの。ヨハンなんて堅苦しい呼び方は嫌だから。』
『そうですか。あの、ヨハン大公様とミリさんはどのようなご関係で?』
『やぁね、野暮な事は聞かないで!』
ミリはそう言って大声で笑うと、環の肩をバシンと叩いた。
『支配人、ちょっとタマキさんと話がしたいから、外してくださる?』
『解ったよ。』
支配人はブツブツと言いながら、化粧室から出て行った。
『さてと、お邪魔虫が居なくなったことだし、二人きりで色々と話が出来るわね?』
ウィーンオペラ座の舞姫・ミリ=シュトゥーベルは、そう言って環に向かってにっこりと笑った。
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