1月は瞬く間に過ぎ去り、あっという間に2月を迎えた。
世間は聖ヴァレンタイン・デー一色で、皇室御用達のパティスリーなどは新作のチョコレートやスイーツなどを発売し、世の女性達の食欲をそそっていた。
それは王宮内でも変わりなく、女官達は何処の店のチョコレートが美味しいかどうかを毎日話しては、色めき立っていた。
『ねぇ、タマキはお兄様に手作りのチョコレートを贈られるのよね?』
『チョコ、ですか?』
『あら、知らないの?毎年2月14日の聖ヴァレンタイン・デーには男女ともに好きな人へチョコレートや花束などの贈り物をするのが習わしなのよ。』
『日本には、そのような習慣はないものでして・・初めて知りました。』
『お兄様は、甘い物が苦手だけれど、タマキが作ったチョコレートなら食べるかもしれないわね!』
『お前達、何をコソコソと話しているんだ?』
『あら、お兄様。タマキとチョコレートの事を話していたんですの。』
『全く、女は甘い物が好きだな。』
ルドルフがそう言って溜息を吐いた時、マリア=ヴァレリーが背中に隠し持っていたチョコレートを彼の前に突き出した。
『お兄様の分ですわ。』
『ほぉ、お前にしては気が利くな。』
『ヴァレリー、僕にはないの?』
『フランには後であげるわよ、そんなに拗ねる事ないでしょう?』
『僕は拗ねてなんか・・』
『そんな事言って、拗ねているじゃないの。』
『言ったな、こいつ!』
『相変わらず騒がしい奴らだ。行くぞ、タマキ。』
『は、はい・・』
廊下で追いかけっこを始めたヴァレリーとフランの姿を半ば呆れた様子で見ながらルドルフは、そう言って環を連れて王宮の外へと出た。
『いつもウィーンの街は賑やかですね。』
『まぁ、賑やかなのはいつものことだけどな。』
ルドルフは馬車の窓から、チョコレートの取り合いをしている女性達の姿を何処か醒めた目で見ていた。
『女達はたかがチョコレートの為に醜い争いを繰り広げるのか、わたしには全く解らん。』
『たかがチョコレート、されどチョコレートですからね。彼女達も、必死なのでしょう。』
『そうか・・』
ルドルフが窓から環の方へ視線を移すと、彼は恥ずかしそうにチョコレートが入った箱を彼に手渡した。
『申し訳ありません、ルドルフ様が甘い物は苦手なのだとヴァレリー様からお聞きしても、つい用意してしまいました。』
『開けても、いいか?』
『どうぞ。』
ルドルフが包装紙に包まれた箱の蓋を取ると、チョコレートの甘い香りが馬車の中に漂った。
箱の中には、色とりどりのチョコレートが入っていた。
その中のひとつをルドルフが指先で摘んで口の中に入れて噛むと、チョコレートの甘い食感と、芳醇なワインの食感が広がった。
『酒入りのチョコレートとは、いいな。何処で売っていた?』
『王宮付きの菓子職人の方にわたしからお願いして、特別に作って頂きました。』
『そうか。わたしの為に有難う。』
ルドルフはそう言って環に微笑むと、彼の唇を塞いだ。
『タマキ、これを。』
ルドルフからベルベットの箱を受け取った環がその中を開けると、そこにはダイヤモンドが鏤(ちりば)められた真珠の指輪が入っていた。
『お前への贈り物に。』
『そんな・・チョコ―レートよりも高価な物を・・』
『贈り物の価値は値段ではない、贈る者の心だ。』
ルドルフはそう言って環に微笑むと、指輪を環の左手薬指に嵌めた。
『よく似合っているな。』
『有難うございます、大切に致します。』
写真素材は
ミントblue様からお借りしました。
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