「環ちゃん、その指輪、ルドルフ様から贈られたのかい?」
「はい。チョコレートのお礼だと贈られました。このような高価な物を頂くのは気がひけたのですが、持っていて欲しいと言われたので・・」
「あんたはルドルフ様から愛されているねぇ。独り身のあたしにとっちゃぁ、羨ましい限りだよ。」
「いつか姐さんにも素敵な人が現れますって。」
「そのころにはもうあたしは婆さんになっているかもしれないね。」
「もう、姐さんったら。」
環がそんな事を話しながら小春とウィーンの街を歩いていると、二人の前に馬車が停まった。
『貴方が、タマキさんですか?』
『はい、そうですが、貴方は?』
『わたし達と一緒に来てください。』
『何ですか、名乗りもせずにわたしを何処へ連れて行くつもりですか?』
痺れを切らした御者は、無言で環の腕を掴んで馬車の中へと連れ込もうとした。
その時、馬車の中から犬の吠える声が聞こえた。
『おやめなさい、この方が嫌がっているじゃないの。』
『お嬢様、ですが・・』
『この方を離してあげなさい。』
馬車に乗っている貴族の令嬢がそう御者に命じると、彼は渋々と環の腕を離した。
『わたしの家の者が乱暴をしてごめんなさいね。わたしに免じて彼を許してやって。』
馬車の窓から顔を覗かせてそう言った令嬢は、蒼い瞳で環を見た。
『はい、解りました。』
『では、また会いましょうね。』
令嬢を乗せた馬車は、雑踏の中へと消えていった。
「誰なんだろうね、あのお嬢さんは?」
「さぁ、わたしは知りません。でも、向こうはわたしの事を知っていたようです。」
「さてと、買い物を済ませたし、何処かで休もうか?」
「はい。」
環と小春は市場から離れ、近くのカフェへと入った。
『シュヴァイツァーをふたつ。』
店員に環がそう注文した後、環は小春の方へと向き直った。
「姐さん、最近ウィーンでも物騒な事が起きていますね。」
「そうだね。ハンガリー独立を謳う団体が皇帝陛下への檄文を新聞に載せて大騒ぎになったって噂で聞いたよ。環ちゃん、ルドルフ様は大丈夫なのかい?」
「ええ。この前は喘息の発作がよく起きて心配していましたが、今は落ち着いていて大丈夫です。」
「喘息の発作は、季節の変わり目に良く起きるっていうからね。あんたも気を付けなよ。」
「はい、姐さん。」
「それじゃぁ、あたしはここで。環ちゃん、またね。」
「姐さん、さようなら。」
カフェの前で小春と別れた環は、そのまま王宮へと戻った。
『タマキさん、お久しぶりです。相変わらず元気そうでよかった。』
背後から突然声を掛けられ、環が振り向くと、そこにはリーヒデルトが立っていた。
『リーヒデルトさん、何故あなたがウィーンに?ハインツさんと渡英した筈ではないのですか?』
『事情があって、ウィーンに戻ることになりましてね。それよりも、その素敵な指輪はどなたからのプレゼントですか?』
『貴方には関係のないことです。』
『そんなに警戒しなくてもいいじゃないですか。』
リーヒデルトはそう言うと、環の髪に触れようとしたが、環にその手を振り払われた。
『つれない方ですね。では、わたしはこれで失礼致します。』
リーヒデルトの背中を睨みつけた環は、スイス宮へと向かった。
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