『起きていて大丈夫か?』
『はい。先ほど先生に痛み止めの注射を打って貰いましたから、少し楽になりました。』
環はそう言って寝台から起き上がると、ルドルフが自分に何かを隠していることに気づいた。
『ルドルフ様?』
『さっき、大広間でお前の兄に会った。』
ルドルフの言葉に、環の目が驚きで大きく見開かれた。
『お前の兄は、仮面の男達を殺して、自害して果てた。最期に、自分の命をお前にくれてやると言って・・』
『そんな・・』
ルドルフから兄が自害した事を知らされ、環は暫く嗚咽した後、涙で潤んだ瞳でルドルフを見た。
『人質の方達は、無事だったのですか?』
『あぁ。わたしが人質となって残ると言ったら、男達は他の人質達を解放してくれた。子爵とリーヒデルトも無事だ。』
『そうですか、それならばよかった・・』
シーツを握り締めている環の手が、微かに震えていることにルドルフは気づいた。
『まだ無理をするな、暫く休め。』
『はい・・』
ルドルフの手を握ったまま、環は安らかな寝息を立て始めた。
『皇太子様、タマキさんは・・』
『さっき眠ったばかりだ。アンネロッテ嬢、今夜は色々と助かりました。』
『いいえ、わたしは自分がすべきことをしただけですわ。それよりも皇太子様、あの男達は一体何者だったのです?』
『ハンガリー独立を謳う団体です。リーダーは宮廷付司祭でした。』
『まぁ・・』
ルドルフの言葉に、アンネロッテは驚嘆の声を上げた。
『司祭様が、暴力的なテロ行為を為さるなんて・・』
『彼らは己の志の為ならば、他人を害することを厭(いと)わないーそんな思想を持った危険な連中でした。彼らが壊滅してくれて、正直安堵しています。』
『わたくしもですわ。もしあの男達がここで騒ぎを起こした後、別の地で同じような事をするのかと思うと、恐ろしくて堪りませんわ。』
アンネロッテがそう言ってルドルフの方を見た時、彼は環の手を握り締めたまま眠っていた。
『お嬢様、失礼致します。』
寝室へと入って来たメイドに、アンネロッテは温かい毛布を持ってくるよう命じると、ルドルフと環を起こさないようにそっと寝室から出て行った。
フランベルク子爵邸で起きた事件は、瞬く間にウィーン中に広まった。
『皇太子様、アンネロッテです、失礼致します。』
『どうぞ、お入り下さい。』
アンネロッテが寝室のドアをノックして中に入ると、そこには身支度を整えたルドルフが寝台の前に立っていた。
『先ほど、皇帝陛下の使いの方から、至急王宮へと戻るようにとの伝言を預かりました。』
『解りました。直ぐに参りますとその使者にお伝えしてください。アンネロッテ嬢、わたしが留守にしている間、タマキの事を宜しくお願いします。』
『解りました。』
玄関ホールでアンネロッテに見送られたルドルフは、子爵邸を後にし、馬車で王宮へと向かった。
『ルドルフ、無事でよかった。』
『詳しい話は後だ、大公。』
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