翌日、環はルドルフに連れられ、シュタルンベルク湖へ来ていた。
『大きな湖ですね。』
『そうだろう、珍しいか?』
『はい。昔師匠から、わたしの故郷にも大きな湖があると聞いたことがありました。一度、見てみたいものです。』
『そうか。その時は、一緒に行こう。』
『はい、約束ですよ?』
『あぁ、約束だ。』
ルドルフはそう言って環に微笑むと、彼と指切りをした。
『さてと、ボート遊びでもするか?』
『はい。』
環がルドルフと共にボートに乗ろうとした時、手にしていたレースの日傘が風に飛ばされてしまった。
『落ちましたよ。』
『有難うございます。』
近くを通りかかった青年がそう言って環の日傘を拾ってくれたので、環が青年に礼を言うと、彼はじっと環の顔を見つめていた。
『あの、わたしの顔に何か?』
『いえ、何でもありません。』
『タマキ、何をしている、早く来い!』
『ルドルフ様、今参ります。』
環は青年から日傘を受け取り、慌ててルドルフが待つボートへと戻った。
『さっき、あの男と楽しそうに話をしていたな?』
『嫉妬深い方ですね、日傘を拾って貰ったので、お礼を言っただけですよ。』
『そうか。』
ルドルフはオールを漕ぎながらそう言ったが、何処か納得のいかないような顔をしていた。
『わたしが、貴方様以外の方と浮気をする訳がないでしょう?大体、貴方は沢山の方と浮名を流していらっしゃるのに、どうしてわたしが貴方と同じような事をしては駄目なのですか?』
『浮気は男の甲斐性だと、昔から言うだろう?それに、恋愛経験が豊富な方が、男としての魅力が増すだろう?』
『まぁ、そうかもしれませんね。朴訥で誠実な方よりも、魅力的で危険な香りがする方の方が、女性達が惹かれますものね。』
『何だその言い方は?少し棘があるな?』
『あら、たとえ話をしただけですよ。』
打てば響くとはこの事なのだろうか、ルドルフは環と話をしていると、いつも会話が途切れることがない。
それは、いつもルドルフが何を考えているのかを熟知しているから、彼がどんな話をするのかを環が予測しているからなのだろうと、ルドルフは思っていた。
『タマキ、お前と話していると、いつも退屈せずに済む。』
『小春姐さんから、いつも聞き役になって、相手の話をよく聞きなさいと言い聞かせられたものですから、ルドルフ様が今何を考えていらっしゃるのかが、自然と解るようになりました。』
『努力の賜物だな。わたしもお前に見習わなくてはいけないな。』
ルドルフがそう言って環の方を見ようとした時、湖畔に一人の青年が佇んでこちらを見ていることに気づいた。
『ルドルフ様?』
『いや、何でもない。』
ルドルフは環の日傘を奪うと、それを目隠しに使って青年から見えぬように環の唇を塞いだ。
『ボート遊びにも飽きたな、そろそろ戻ろうか?』
『はい。』
環とルドルフがボートから降り、馬車に乗り込む姿を、木陰から環の日傘を拾った青年が見ていた。
『あれが、皇太子様の恋人・・』
彼はそう呟くと、美しい湖を後にした。
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