館のダイニングルームへと入った環とルドルフは、二人だけで朝食を取った。
『吐き気はもう治まったか?』
『はい、何とか。』
『そうか、それは良かった。』
環の言葉を聞いて安堵の表情を浮かべたルドルフは、オムレツをフォークとナイフで一口大に切り始めた。
『いつから、そんな症状が出始めたんだ?』
『そうですね、数ヶ月前からです。はじめは疲れが溜まりすぎてそれが身体に来たのかと思いましたが、そうでもないようです。』
『つまり、原因不明だと?』
ルドルフの言葉に、環は静かに頷いた。
『一度、医者には診て貰ったのか?』
『はい。その時は、過労からくるストレスが原因だと言われました。』
環がそう言いながらオムレツを食べていると、ダイニングルームのドアが誰かにノックされた。
『皇太子様、お客様がいらっしゃっております。』
『わたしに客だと?』
『はい、フライベルク伯爵とおっしゃる方です。』
『フライベルク伯爵とは、どなたなのですか?』
従僕の口から出た客の名を聞いたルドルフの眦が微かにつり上がったのを見た環は、そうルドルフに尋ねると、彼は吐き捨てるかのような口調でこう言った。
『わたしや父上に何かと媚を売ろうとする、コバエのように煩くて不快な奴だ。』
そして彼は従僕の方へと向き直り、フライベルク伯爵をこの館から追い払うように命じた。
『申し訳ありません、皇太子様は貴方様にはお会いにはなりたくないようですので、どうぞお引き取り下さいませ。』
『おやおや、すっかりわたしは嫌われてしまったようだね。』
ルドルフに会いに来たフライベルク伯爵は、そう言うと皇太子付の従僕に背を向けて館を後にした。
『父上、また皇太子様の元へお行きになっていたのですか?』
『ああ。だが、門前払いを喰らったよ。』
馬車に乗って自宅へと戻ったフライベルク伯爵は、自分に駆け寄って来た長男・ミヒャエルに向かってそう言った後、大きな溜息を吐いた。
『皇太子様が父上の事を嫌っていることはご存知の筈でしょうに。何故懲りずに皇太子様を会おうとなさるのか・・』
『解っていないな、ミヒャエル。人間というものは、得難い宝を得る時の喜びほどこの世に勝るものなどないのだよ。』
そう自分に熱く語る父親の姿を、ミヒャエルは何処か冷めた目で見ていた。
一方、朝食を終えたルドルフは環を連れて森へと向かっていた。
『タマキ、向こうだ!』
環は、ルドルフの声がした方に矢を射つと、それは叢(くさむら)から飛び出してきた雉(きじ)の胸に命中した。
『初めてにしては上手いじゃないか?』
『有難うございます。』
環は馬から降りると、自分が仕留めた雉を拾い上げた。
『この雉は料理長に調理して貰おう。』
『ええ。そろそろ曇ってきましたから、一旦戻りましょう。』
『ああ、そうだな。』
ルドルフと環が館へと戻る最中、一台の馬車が二人と擦れ違った。
『あの馬車、どなたの馬車でしょう?』
『さぁな。雨が降る前に戻ろう。』
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