『手伝いますよ。』
『有難うございます。でも、わたし一人で大丈夫ですから。』
『いいえ、お手伝いいたします。』
エルンストはそう言うと、洗濯物の山を洗濯板で洗い始めた。
『洗濯、お上手なのですね。』
『子供の時から家事をするのが好きですから、これ位どうってことありませんよ。それよりもさっきの女官、嫌な人ですね。新人の貴方に辛く当たるなんて・・』
『わたしはまだ、ウィーン宮廷入りして日が浅いので、色々と先輩達から見ると未熟者だと思われてしまうのでしょう。』
エリザベスは洗い終わったシーツを干しながら、そう言って溜息を吐いた。
『わたしに比べてタマキ様は仕事を器用にこなしていて羨ましいです。わたし、いつも愚図だとか鈍間(のろま)とか言われて・・』
『わたしだって似たようなものですよ。わたしには二人の優秀な兄達が居て、親戚からはいつも兄達と比較されましたから、長所よりも短所の方が目立って仕方がないんですよね。』
『まぁ、そうなの。わたしも優秀な姉が居るから、いつも両親から姉と比較されて育ってきたわ。』
洗濯物を干しながらエリザベスとエルンストが互いの事を話していると、そこへルドルフがやって来た。
『エルンスト、こんな所に居たのか。』
『こ、皇太子様・・すいません、彼女が困っているのでちょっと手伝いを・・』
『お前は困っている者を見ると放っておけないからな。それが終わったら、すぐにわたしの所へ来い。』
『はい。』
ルドルフが去っていくと、エルンストは安堵の溜息を吐いた。
『てっきり怒られるのかと思ったけれど、良かったぁ。』
『皇太子様って、貴方にはいつも怒るの?』
『まぁ、時々ね。ゲオルグ兄上が優秀な侍従だったから、いつも抜けているって言われるんだよ。ホント、優秀な兄弟を持つと苦労するよね。』
『そうね。エルンストさん、今日は手伝ってくれて有難う。』
『わたしに出来ることがあったら、何でも頼んでくれていいよ。それと、一人で何でも抱え込まないで、話だったらいつでも聞くから。』
エルンストからそう励まされ、エリザベスの顔に笑顔が戻った。
『皇太子様、エルンストです。』
『入れ。』
『失礼いたします。』
エルンストがルドルフの執務室に入ると、部屋の主は淡々とした様子で書類仕事をしていた。
『さっきお前と洗濯物を干していた新入りの女官、古株の女官達からいじめられていたのか?』
『まぁ、そんなところです。』
『宮廷は誰かが常に足の引っ張り合いをしている世界だ。新入りの女官は、必ず古株の女官達から目をつけられる。無論、お前もな。』
『ええ、わたしもですか?』
『まぁ、これからは気を付けることだな。』
ルドルフは書類から顔を上げると、そう言ってエルンストに向かって笑った。
その笑みの意味を、エルンストは身を以て知ることとなった。
『おい新入り、これ全部運んでおけ。』
『え、これを全部ですか?』
ルドルフの執務室から出たエルンストは、先輩の侍従達に突然雑用を次々と言いつけられた。
『ほ~ら、言わんこっちゃねぇな。』
『サルヴァトール大公様。』
エルンストが雑用を必死にこなしていると、ヨハン大公が呆れたような顔をして彼を見ていた。
『お前はルドルフに気に入られているから、あいつらやっかんでいるんだよ。』
『宮廷は誰かが常に足の引っ張り合いをしている世界だと、皇太子様から言われました。どうやらわたしは、恐ろしい世界に足を踏み入れてしまったようです。』
『気づくのが遅いんだよ、馬~鹿。』
そうエルンストに憎まれ口を叩きながらも、ヨハンは彼の雑用を手伝ってくれた。
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