1875年8月21日―この日、ルドルフは17歳の誕生日を迎えた。
『タマキ、今日はお兄様の誕生日よ。』
『今日がルドルフ様のお誕生日でしたか。最近忙しくてすっかり忘れてしまっておりました。』
環はそう言いながら、ルドルフの誕生日プレゼントを用意することを忘れていたことに気づいた。
『ルドルフ様の誕生日プレゼントを忘れてしまいました。』
『大丈夫よ、お兄様はそんな事であなたを怒らないから。それじゃぁ、またね。』
ヴァレリーは、そう言うと慌てて自分の部屋へと戻った。
『ルドルフ様、おはようございます。』
『おはよう、タマキ。』
『ルドルフ様、お誕生日おめでとうございます。何もプレゼントを用意できなくて申し訳ありません。』
『そんな事、気にしなくていい。わたしは、お前さえ居てくれればいい。』
『ルドルフ様・・』
『今日は色々と忙しくなりそうだ。夜に迎えをよこす。』
『解りました、失礼いたします。』
環がルドルフの執務室から出ると、そこへエルンストがやって来た。
『エルンストさん、こんにちは。お式の準備は進んでいるの?』
『はい。後四ヶ月しかないので、招待状や結婚式当日に出す料理の事でエリザベスと色々と相談する事ばかりが多くて、大変です。でも、それが楽しみでもあります。』
『結婚式は、一生に一度しかないものだからね。エリザベスさんのウェディングドレスは、ブリジット様がお作りになられるのでしょう?』
『ええ。どんなドレスをエリザベスが着るのかは、彼女とお姉さんだけの秘密なのです。何でも、結婚式当日にわたしを驚かせたいのですって。』
『いいじゃないの、楽しみがひとつ増えて。』
『タマキ様、少しお話したいことがあるのです・・皇太子様の事について。』
エルンストが急に声をひそめたので、環は彼と共に王宮図書館へと向かった。
『ルドルフ様の事で、わたしにお話ししたい事とは何かしら?』
『皇太子様も17となられ、皇帝陛下が皇太子様の成人を認める日がそう遠くないことは、タマキ様もご存知でしょう?』
『ええ。』
エルンストが、自分にこれから何を話そうとしているのか、環は解ってしまった。
『ルドルフ様のご結婚の事ね。』
環の言葉に、エルンストは静かに頷いた。
『皇太子様は帝国の唯一の後継者であり、婚姻し跡継ぎを儲けなければならない義務があります。陛下は貴方の事を認めてはおりますが、最近皇太子様がいつまでもご結婚されないのは、貴方に原因があるのではと勘繰っておられます。』
『ルドルフ様の結婚問題は、避けては通れない問題ね。』
環は溜息を吐くと、天を仰いだ。
『エルンストさん、何故わたしは男として生まれて来てしまったのか、いつも思っているんです。たとえルドルフ様と結ばれていても、一生自分は日陰の身。けれどももしわたしが女だったら、ルドルフ様の子を産めるのにと・・そんな下らない事で苦しんでいるんです。』
『タマキ様・・』
『わたしがルドルフ様と出逢えたのも運命なら、わたしとルドルフ様が決して結ばれない不毛な関係であるのも、神様がお決めになった運命なのかもしれませんね。』
環はそっと手の甲で涙を拭うと、唇に自嘲的な笑みを浮かべた。
『皇太子様は、もし結婚することになっても、本当に愛するのはタマキ様だけだとおっしゃっておりました。』
『そう・・エルンストさん、エリザベスさんと幸せになってね。』
『はい。』
エルンストはそう言うと、環の左手薬指に光る金の指輪を見た。
『その指輪、皇太子様とお揃いのものですね?』
『ええ。昨日、閲覧室でルドルフ様と密かに結婚の誓いを交わしたの。』
『タマキ様、皇太子様の事を信じてあげてください。』
『解りました。エルンストさん、わたしの事を励ましてくださって有難う。』
『お礼を言われるほどの事をしてはおりません。では、わたしはこれで失礼いたします。』
その日の夜、環の屋敷に迎えの馬車が来た。
『殿下が中でお待ちです。』
環が馬車の中に乗り込むと、そこには夜会服姿のルドルフが居た。
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