『ここは何処だ?』
『ここは我が先祖から代々受け継いで来た儀式場です。満月の夜に、新たな贄を我らが神に捧げるのです。』
ハインツは恍惚とした表情を浮かべながら、ルドルフにそう語りかけた。
『お前達の神だと?』
『ええ。我らの神・・それは天にましますイエス=キリストではなく、地の底を司る暗黒の神・サタンです。』
『悪魔崇拝者(サタニズム)か。ウィーン市内で起きた連続猟奇殺人事件の犯人はお前か?』
『あの事件は、わたしの信者達がやった事です。』
ハインツはそう言うと、口端を歪めて笑った。
『何が可笑しい?』
『貴方と再会できた喜びでつい・・』
『お前は何を望んでいる?』
『わたしは何も望んではおりません。ただ一つ望むのは、貴方の心臓を神に捧げる事です。』
『そんなことをして、何の為になる?』
『貴方の心臓を食すことで、わたしは偉大なる力を得ることが出来るのです。』
『狂っているな。』
『褒め言葉として受け取っておきましょう。さてと、お喋りはもう終わりにして、貴方の心臓をいただきましょうか?』
ハインツはルドルフの胸に白銀の刃を向けると、そう言って彼の髪を掴んだ。
その時、一発の銃弾が彼の右腕を貫いた。
『ルドルフ様から離れなさい!』
『生きていたのですね。貴方もしぶとい人だ。』
ハインツは呆れたような顔をして、自分に銃口を向けている環を見た。
『タマキ、生きていたのか?』
『ルドルフ様、ご無事ですか?』
『ああ。タマキ、どうしてここが解った?』
『それは後でお話しいたします。』
環がそう言ってルドルフの方へ近づこうとすると、ハインツがルドルフの頸動脈に刃を押し当てた。
『それ以上動くと、皇太子様の命はありませんよ。銃を床に置きなさい。』
環はハインツの命令に従い、銃を床に置いた。
ハインツの背後に控えていた黒髪の女が、床から銃を拾い上げた。
『その者を縛り上げろ。』
『かしこまりました。』
女が自分の方に近づいてくるのを見た環は、咄嗟に彼女の手首を掴むと、彼女の身体を放り投げた。
環に投げ飛ばされた女は大理石の床で頭を打ち、気絶した。
『貴様!』
怒り狂うハインツの向う脛を蹴りあげた環は、痛みで呻く彼の手から長剣を奪い、ルドルフの身体を拘束していた荒縄をその刃で切った。
『ルドルフ様、ご無事ですか?』
『ああ。』
『あいつらを追え、逃がすな!』
儀式場から逃げ出した環とルドルフは、長い廊下の奥にあった扉を開けた。
するとそこは、様々な調理道具が並べられた厨房だった。
『どうやらここから外へと出られるようだな?』
『ええ。』
二人が周囲の様子を窺っていると、コックコートを着た長身の男が、肉切り包丁で何かを切っていた。
『ったく、なかなか切れやしねぇ。切れ味が鈍くなっちまった。』
そうブツブツと言った男の前には、心臓を抉りだされ絶命している少年の遺体があった。
悲鳴を上げそうになった環がそこから後ずさろうとした時、彼は壁に掛かっているフライパンにぶつかってしまった。
『誰だ、そこに居るのは?』
咄嗟に食器棚の中に身を隠した環を、男は目敏く見つけ出すと、環の腕を掴んで自分の方へと抱き寄せた。
『これは別嬪だな。それにとっても美味そうだ。』
血走った目で環を見つめた男は、そう言って舌なめずりし、右手に持っていた肉切り包丁を環の頭上に振り翳した。
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