『そうか、お前とわたしの結婚を、お前のご両親は認めていないのか。』
『両親の気持ちも解るような気がします。長い間音信不通だった息子が、いきなり女装姿で、しかも夫となる男性を連れて帰国したのですもの。』
環はそう言うと、ルドルフを見た。
『両親に貴方との結婚を認めて貰えるまで、頑張りたいと思います。ルドルフ様・・』
『解った。タマキ、女学校で沢山学んで来い。時間を掛けて、お前の両親に結婚を認めて貰おう。』
『はい。』
翌日、環は直樹と共に、4月から通うことになった菊水女学校を訪ねた。
「学校長殿、環は男性ですが・・」
「大丈夫ですわ、長谷川様。貴方の甥御様は立ち居振る舞いを見ても女性よりも女性らしく見えますもの。女学生達と机を並べても、違和感がないことでしょう。」
「校長先生、4月から何卒宜しくお願いいたします。」
環がそう言って菊水女学校校長・名水木綿子(なみずゆうこ)に挨拶すると、木綿子は優しく彼に微笑んだ。
「何か解らないことがあったら、わたくしに遠慮なくお聞きなさい。これから宜しくね、環さん。」
「はい。」
直樹と共に女学校を後にした環は、彼が経営している貿易会社へと向かった。
会社のロビーには人が溢れ、背広姿の社員達は忙(せわ)しなく働いていた。
「この会社では、アメリカの小麦粉や英国の紅茶、フランスの絹などを取り扱っている。会社を立ち上げた時、社員はわたしと友人の3人しか居なかったが、苦労してここまで大きく出来た。」
「叔父上、何故東京や横浜ではなく、長崎で会社を立ち上げたのですか?」
「昔、江戸で遊学をしていた時、友人に誘われて長崎を一度訪れた事があってな。当時鎖国していた日本の中で唯一諸外国と貿易していた長崎の街に、すっかり魅了されてしまい、ここでいつか会社を立ち上げようという夢を抱いた。」
「その夢が叶って良かったですね。わたしも、出来ることがあれば叔父上のお力になりたいと思います。」
「いや、お前は女学校に行って学問を修めて来い。」
「はい。」
「さてと、そろそろ昼時だから、近くで昼飯でも食べようか?」
直樹と共に昼食を食べに入ったのは、中華街の一角にある中華料理店だった。
「初めて清国の料理を食べますが、余り脂っこくないですね。」
「そうだろう?この店の料理長はわたし達と同じ日本人で、上海で料理の修行をしていたそうだ。」
「まぁ、そうですか・・叔父上、ルドルフ様の事なのですが・・」
環はそう言って箸を置き、姿勢を正した後叔父にある事を話した。
『只今帰りました。』
『お帰り、タマキ。随分と遅かったな?』
『ええ。ルドルフ様、叔父上が自分のお部屋に来て欲しいそうです。』
『解った、すぐに行こう。』
ルドルフが直樹の部屋に行くと、彼は窓から海を眺めていた。
『ナオキさん、わたしにお話とは何でしょうか?』
『ルドルフさん、単刀直入にお尋ねいたしますが、うちの会社を手伝う気はありませんか?』
『貴方の会社を、ですか?』
『うちは小さいながらも貿易会社をしておりましたね。最近急に忙しくなって、人手が足りないのです。』
『そうですか。では、お言葉に甘えさせて頂きます。』
ルドルフがそう言って右手を直樹に差し出すと、彼は笑顔でルドルフの手を握り返した。
『明日から、宜しくお願いしますね。』
『ええ、こちらこそ。』
4月に女学校へ入学するまで、環は育から家事を習うことになった。
「料理の腕前は手慣れたものね、環。向こうでしていたのですか?」
「ええ。地元の食材を使って、栄養に良い物を作っていました。」
「向こうではお屋敷で暮らして、女中さんを雇っていたと聞きましたよ?」
「必要最低限の事は、自分でしておりました。」
「まぁ、そうでしたか。お前は何処に行っても変わらなかったのですね。」
育はそう言って笑うと、出来上がった味噌汁の味見をした。
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